万葉集 巻第九 1770〜1771番
三諸の 神の帶ばせる
三諸の神が帯のようにめぐらせている泊瀬川の流れが絶えないかぎり、私は忘れはしない。後に残されて私は恋しく思うだろう、春霞のたなびく山をあなたが越えて行ってしまったら。大神大夫が長門守として赴任する時の送別の宴の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞大神大夫の長門守に任らるる時、三輪河の邊に集ひて宴する歌二首
現代語訳
〔1770〕三諸の神が帯としておられる泊瀬川の、水の流れが絶えないかぎり、私があなたを忘れることがあろうか。
〔1771〕後に残されて、私は恋しく思うことだろうか。春霞のたなびく山を、あなたが越えて行ってしまったならば。
意訳
大神大夫が長門守として旅立つ時、三輪川のほとりで開かれた送別の宴の歌である。三輪の神が帯のようにめぐらす泊瀬川の流れが絶えないように、あなたを忘れはしないと誓い、春霞の山を越えて行ってしまったら、残された私は恋しく思うだろうと別れを惜しむ。
語釈・文法注
文法・本文
- 帶ばせる
- 帯としておられる。
- 水脉
- 「みを」。水の流れる筋。
- 吾はや戀ひむ
- 私は恋しく思うことだろうか。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・相聞・1770〜1771番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大神大夫(大神高市麻呂か)が長門守に任じられた時、三輪川のほとりで催された送別の宴の歌。古歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 1770番の「三諸の神の帶ばせる泊瀨河」が「水脉し絕えず」を導く。
解説
大神高市麻呂は大宝2年(702)に長門守となった。持統天皇の伊勢行幸を諫めたことで知られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、361頁(コマ184)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、410頁(コマ211)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日