万葉集 巻第九 1751〜1752番
島山を い行き廻る
昨日越えて来た丘辺の道を、一夜泊まっただけなのに、峰の桜は激流に散って流れている。君が見るその日までは、山おろしの風よ吹くなと、名高い杜で風祭りをしよう。行き会いの坂のふもとに咲く桜を見せる娘がいればよいのに。難波から帰る時の歌。
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題詞難波に經宿りて明る日還り來る時の歌一首并に短歌
- 1島島しま山山やまをををいいい行行ゆききき廻廻もとおるるる島山乎 射往廻流1751 長歌
- 2河河かわ副副ぞいののの丘丘おか邊邊べののの道道みちゆゆゆ河副乃 丘邊道從
- 3昨日昨日きのうこそこそこそ吾吾わががが越越こえええ來來こしししかかか昨日己曾 吾越來牡鹿
- 4一一ひと夜夜よのみのみのみ宿宿ねたりたりたりしししからからからににに一夜耳 宿有之柄二
- 5岑岑おののの上上うえののの櫻櫻さくらののの花花はなははは岑上之 櫻花者
- 6瀧瀧たぎののの瀨瀨せゆゆゆ落落おちちちててて流流ながるるる瀧之瀨從 落墮而流
- 7君君きみががが見見みむむむそのそのその日日ひまでまでまでにににははは君之將見 其日左右庭
- 8山山やま下下おろしののの風風かぜななな吹吹ふきききそそそととと山下之 風莫吹登
- 9うちうちうち越越こえええててて名名なににに負負おへへえるるる杜杜もりににに風風かざ祭祭まつりせせせななな打越而 名二負有社爾 風祭爲奈
- 10いいい行行ゆき相相あいののの射行相乃1752 反歌
- 11坂坂さかののの麓麓ふもとににに坂之蹈本爾
- 12咲咲さきききををるををるおおる開乎爲流
- 13櫻櫻さくらののの花花はなををを櫻花乎
- 14見見みせせせむむん兒兒こもがもがもがももも令見兒毛欲得
現代語訳
〔1751〕島のような山をめぐって流れる川沿いの、丘辺の道を、昨日こそ私は越えて来たのに、たった一夜泊まっただけで、峰の上の桜の花は、激流の瀬に散り落ちて流れている。君が見るその日までは、山おろしの風よ吹くなと、山を越えて、名高い杜で風祭りをしよう。
〔1752〕行き会いの坂のふもとに咲き盛っている桜の花を、見せてやる娘がいればよいのに。
意訳
難波で一泊して翌日帰る時の歌である。昨日越えた道なのに、一夜のうちに峰の桜は散って川に流れている。都で待つ人がこの花を見るまでは、山おろしよ吹かないでくれと、名高い杜で風を鎮める祭りをしようと歌う。反歌では、坂のふもとに咲き満ちる桜を見せてやれる恋人がいればと願う。
語釈・文法注
文法・本文
- い行き廻る
- 「いゆきもとほる」。めぐって流れる。「い」は接頭語。
- 宿たりしからに
- 寝ただけなのに。
- 山下
- 「やまおろし」。山から吹きおろす風。
- 風祭
- 「かざまつり」。風を鎮めるための祭り。
- 行相の坂
- 二つの国の境で、両側から登って行き会う坂。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・雑歌・1751〜1752番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 難波に一泊して、翌日帰って来る時の歌。高橋虫麻呂歌集に出る。
修辞
- 反歌
- 長歌の「君が見む」を受けて、桜を見せたい人を思う。
解説
1747〜1752番は、難波往還の道中で桜を詠んだ一連の作で、龍田の風の神への祈りが繰り返される。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、357頁(コマ182)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、405頁(コマ208)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日