万葉集 巻第九 1744〜1746番
埼玉の 小埼の沼に
埼玉の小埼の沼で鴨が羽ばたいている。尾に降りた霜を払うためらしい。曝井の水が絶えないように通いたい、そこに妻がいればよいのに。遠くの妻が高にいたなら、手綱の浜を尋ねて来たろうに。武蔵・常陸の地名を詠んだ歌三首。
場面イラスト(準備中)
題詞武藏の小埼沼の鴨を見て作れる歌一首/那賀郡の曝井の歌一首/手綱濱の歌一首
- 1埼玉埼玉さきたまののの前玉之1744 小埼沼
- 2小小お埼埼さきののの沼沼ぬまににに小埼乃沼爾
- 3鴨鴨かもぞぞぞ翼翼はねきるきるきる鴨曾翼霧
- 4己己おのががが尾尾をににに己尾爾
- 5零零ふりりり置置おけけけるるる霜霜しもををを零置流霜乎
- 6掃掃はらふふうとととならならならししし掃等爾有斯
- 7三三みつ栗栗ぐりののの三栗乃1745 曝井
- 8中中なかににに向向むかへへえるるる中爾向有
- 9曝井曝井さらしいののの曝井之
- 10絕絕たえええずずず通通かよははわむむん不絕將通
- 11彼所彼所そこににに妻妻つまもももががが彼所爾妻毛我
- 12遠遠とお妻妻づまししし遠妻四1746 手綱濱
- 13高高たかにににありありありせせせばばば高爾有世婆
- 14知知しらららずずずともともとも不知十方
- 15手綱手綱たずなののの濱濱はまののの手綱乃濱能
- 16尋尋たずねねね來來きなななましましまし尋來名益
現代語訳
〔1744〕埼玉の小埼の沼で、鴨が羽ばたいている。自分の尾に降り置いた霜を払おうとしているらしい。
〔1745〕(三栗の)那賀に向かい合う曝井の水が絶えないように、絶えず通おう。そこに妻がいればよいのに。
〔1746〕遠くにいる妻が高にいたならば、道は知らなくても、手綱の浜の名のように尋ねて来ただろうに。
意訳
東国の地名を詠みこんだ歌三首。冬の朝、小埼沼の鴨が尾に置いた霜を払うように羽ばたく情景、布を晒す曝井の湧き水のように絶えず通いたいから、そこに妻がいてほしいという願い、遠くの妻が高の地にいるなら、手綱の浜の名のように尋ねて行ったろうにという思いが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 翼きる
- 「はねきる」。羽ばたく。
- 三栗の
- 一つのいがに三つ入った栗の真ん中から「中(那賀)」にかかる枕詞。
- 高
- 常陸国多珂郡。
- 尋ね來なまし
- 「手綱(たづな)」から「たづね」を導く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・雑歌・1744〜1746番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 武蔵国と常陸国の地名を詠んだ歌。高橋虫麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 1745番の「三栗の」が「中」にかかる。
- 序詞
- 1745番の「三栗の中に向へる曝井の」が「絕えず」を導く。
- 掛詞
- 1746番の「手綱」に「尋ね」をひびかせる。
解説
常陸国に赴任していた時期の虫麻呂の作とみられ、『常陸国風土記』にも那賀郡の曝井が見える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、356頁(コマ182)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、404頁(コマ208)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日