万葉集 巻第九 1735〜1737番
吾が疊 三重の河原の
三重の河原の石の陰で、こうありたいものだと鳴く河鹿よ。山が高いので白木綿花のように落ちてたぎる夏身の川門は見飽きない。大滝を過ぎて夏身に沿っていて、清らかな河瀬を見るのがすがすがしい。伊保麻呂・式部大倭・兵部川原の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞伊保麻呂の歌一首/式部大倭の芳野にて作れる歌一首/兵部川原の歌一首
- 1吾吾わががが疊疊たたみ吾疊1735 伊保麻呂
- 2三重三重みえののの河河かわ原原らののの三重乃河原之
- 3石石いそのののうらうらうらににに礒裏爾
- 4斯斯かくくくしもがもしもがもしもがもととと如是鴨跡
- 5鳴鳴なくくく河河かわ蝦蝦ずかもかもかも鳴河蝦可物
- 6山山やま高高たかみみみ山高見1736 式部大倭
- 7白白しら木木ゆ綿綿ふ花花ばなににに白木綿花爾
- 8落落おちちち激激たぎつつつ落多藝津
- 9夏身夏身なつみののの河河かは門門と夏身之河門
- 10見見みれれれどどど飽飽あかかかぬぬぬかもかもかも雖見不飽香聞
- 11大大おお瀧瀧たきををを大瀧乎1737 兵部川原
- 12過過すぎぎぎててて夏夏なつ箕箕みににに過而夏箕爾
- 13傍傍そひひいてててゐゐいててて傍爲而
- 14淸淸きよききき河河かわ瀨瀨せををを淨河瀨
- 15見見みるるるががが淸淸さやけさけさけさ見河明沙
現代語訳
〔1735〕(吾が畳)三重の河原の石の陰で、こうありたいものだと鳴く河鹿よ。
〔1736〕山が高いので、白い木綿花のように落ちてたぎる夏身の川門は、見ても見飽きないことだ。
〔1737〕大滝を過ぎて夏身に沿っていて、清らかな河瀬を見るのがすがすがしいことだ。
意訳
1735番は三重の河原でかじかが「かくしもがも(こうありたい)」と鳴くように聞いた歌、1736・1737番は吉野の夏身の川の白く泡立つ流れと清らかな瀬をたたえた歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 吾が疊
- 畳を幾重にも重ねる意で「三重」にかかる枕詞。
- 斯くしもがも
- こうありたいものだ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・雑歌・1735〜1737番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 伊保麻呂の歌、式部大倭が吉野で作った歌、兵部川原の歌。
修辞
- 枕詞
- 1735番の「吾が疊」が「三重」にかかる。
- 比喩
- 1736番で、たぎつ水を白木綿花にたとえる。
解説
夏身(菜摘)は吉野川の上流、宮滝の近くの地名。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、353頁(コマ180)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、401頁(コマ206)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日