万葉集 巻第九 1715〜1719番
樂浪の 比良山風の
比良の山風が湖に吹くと、釣りをする海人の袖がひるがえるのが見える。白波の浜松の手向草、三河の淵瀬の小網、高島の阿渡の港、島陰に泊まる船。作者を略して姓や名だけを記した歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞槐本の歌・山上の歌・春日の歌・高市の歌・春日藏の歌
- 1樂浪樂浪ささなみののの樂波之1715 槐本
- 2比良比良ひら山山やま風風かぜののの平山風之
- 3海海うみ吹吹ふけけけばばば海吹者
- 4釣釣つりするするする海海あ人人まののの釣爲海人之
- 5袂袂そでかへるかへるかえる見見みゆゆゆ袂變所見
- 6白白しら波波なみののの白那彌之1716 山上
- 7濱濱はま松松まつののの木木きののの濱松之木乃
- 8手手た向向むけ草草ぐさ手酬草
- 9幾幾いく代代よまでまでまでにににかかか幾世左右二箇
- 10年年としははは經經へぬぬぬらむらむらん年薄經濫
- 11三三み河河かわののの三河之1717 春日
- 12淵淵ふち瀨瀨せもももおちおちおちずずず淵瀨物不落
- 13小小さ網網で刺刺さすすすににに左提刺爾
- 14衣衣ころも手手で濕濕ぬれれれぬぬぬ衣手潮
- 15干干ほすすす兒兒こははは無無なしししににに干兒波無爾
- 16率率あどもひひいててて足利思代1718 高市
- 17榜榜こぎぎぎ行行ゆくくく船船ふねははは榜行舟薄
- 18高島高島たかしまののの高島之
- 19阿渡阿渡あどののの港港みなとににに足速之水門爾
- 20泊泊はてててにににけむけむけんかもかもかも極爾監鴨
- 21照照てるるる月月つきををを照月遠1719 春日藏
- 22雲雲くもななな隱隱かくしししそそそ雲莫隱
- 23嶋嶋しまかげかげかげににに島陰爾
- 24吾吾わががが船船ふね泊泊はてててむむん吾船將極
- 25泊泊とまり知知しらららずずずももも留不知毛
現代語訳
〔1715〕(楽浪の)比良の山風が湖に吹くと、釣りをする海人の袖がひるがえるのが見える。
〔1716〕白波の寄せる浜の松の木にかけた手向けの幣は、幾代まで年を経たのだろうか。
〔1717〕三河の淵にも瀬にも残らず小網を刺していると、袖が濡れてしまった。干してくれる娘もいないのに。
〔1718〕声をかけ合って漕いでいった船は、高島の阿渡の港に、もう泊まったことだろうか。
〔1719〕照る月を、雲よ隠さないでおくれ。島陰に私の船を泊めよう。泊まる港もわからないのだ。
意訳
作者の姓や名の一部だけを題詞に記した歌が並ぶ。比良の山風に袖をひるがえして釣りをする海人、浜松にかけられた古い手向けの幣、魚をとって袖を濡らしても干してくれる娘のいない寂しさ、阿渡の港に向かった仲間の船を思う歌、夜の船旅で月を雲に隠すなと願う歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 小網
- 「さで」。魚をすくう小さな網。
- 率ひて
- 「あどもひて」。声をかけ合って、引き連れて。
- 手向草
- 神に手向ける幣。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・雑歌・1715〜1719番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 作者の姓や名の一部だけを記した歌五首。1716番は河島皇子の作ともいう。
修辞
- 枕詞
- 1715番の「樂浪の」が「比良」にかかる。
解説
1716番は巻第一の34番(川島皇子「白波の浜松が枝の手向草」)とほぼ同じ歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、351頁(コマ179)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、398頁(コマ205)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日