万葉集 巻第九 1673〜1679番
風莫の 濱の白浪
風莫の浜の白波は、見る人もなく、むなしくここに寄せてくる。立出の松原、藤白の坂、背の山の黄葉、大我野の竹の葉、鹿を射た坂、都麻の社。大宝元年の紀伊行幸の歌十三首のうち終わりの七首。
場面イラスト(準備中)
題詞大寶元年辛丑冬十月、太上天皇大行天皇の紀伊國に幸せる時の歌(2)
- 1風莫風莫かざなしののの風莫乃1673
- 2濱濱はまののの白白しら浪浪なみ濱之白浪
- 3いたづらいたづらいたずらににに徒
- 4此處此處ここににに寄寄よりりり來來くるるる於斯依久流
- 5見見みるるる人人ひと無無なしししににに見人無
- 6我我わが背背せ子子こががが我背兒我1674
- 7使使つかい來來こむむむかかかととと使將來歟跡
- 8立出立出いでたちののの出立之
- 9このこのこの松松まつ原原ばらををを此松原乎
- 10今今け日日ふかかか過過すぎぎぎなむなむなん今日香過南
- 11藤白藤白ふじしろののの藤白之1675
- 12みみみ坂坂さかををを越越こゆゆゆととと三坂乎越跡
- 13白白しろ妙妙たえののの白栲之
- 14我我わががが衣衣ころも手手でははは我衣手者
- 15沾沾ぬれれれにににけるけるけるかもかもかも所沾香裳
- 16背背せののの山山やまににに勢能山爾1676
- 17黃黃もみ葉葉じ常常つね敷敷しくくく黃葉常敷
- 18神神かみ岳岳おかののの神岳之
- 19山山やまののの黃黃もみ葉葉じははは山黃葉者
- 20今今け日日ふかかか散散ちるるるらむらむらん今日散濫
- 21大和大和やまとにににははは山跡庭1677
- 22聞聞きこえええもももゆくゆくゆくかかか聞往歟
- 23大我野大我野おおがのののの大我野之
- 24竹竹たか葉葉ば苅苅かりりり敷敷しききき竹葉苅敷
- 25廬廬いおりせせせりりりとととははは廬爲有跡者
- 26紀紀きののの國國くにののの木國之1678
- 27昔昔むかし弓弓ゆ雄雄おののの昔弓雄之
- 28響響なり矢矢や用用もちちち響矢用
- 29鹿鹿か獲獲とりりり靡靡なびけけけししし鹿取靡
- 30坂坂さかののの上上うえにににぞぞぞあるあるある坂上爾曾安留
- 31紀紀きののの國國くにににに城國爾1679
- 32止止やまままずずず通通かよははわむむん不止將往來
- 33都麻都麻つまののの社社もり妻社
- 34妻妻つま依依よししし來來こせせせねねね妻依來西尼
- 35妻妻つまととと言言いひひいながらながらながら妻常言長柄
現代語訳
〔1673〕風莫の浜の白波は、むなしくここに寄せてくる。見る人もないのに。
〔1674〕わが背子の使いが来るだろうかと思って出で立つという、立出のこの松原を、今日は通り過ぎてしまうのだろうか。
〔1675〕藤白の坂を越えようとして、(白妙の)私の衣の袖は濡れてしまったことだ。
〔1676〕背の山に黄葉が散り敷いている。神岳の山の黄葉は、今日散っているだろうか。
〔1677〕大和には聞こえていくだろうか。大我野の竹の葉を刈り敷いて、仮の宿りをしているとは。
〔1678〕紀の国の昔の弓の名手が、鳴り鏑の矢で鹿を射とめて倒したという坂の上に、私は今いる。
〔1679〕紀の国に絶えず通おう。都麻の社よ、妻を寄せてくれ。妻という名を持ちながら。
意訳
紀伊行幸の歌の続きである。見る人もない浜の白波、夫の使いを待つ妻の心を思わせる立出の松原、涙で袖を濡らす藤白の坂、背の山の黄葉から都の神岳の黄葉を思う歌、野宿の苦労を大和の人に知らせたい歌、弓の名手の伝説の坂、「つま」の名を持つ社に妻を授けてほしいと願う歌が並ぶ。藤白の坂は、有間皇子が処刑された地でもある。
語釈・文法注
文法・本文
- 響矢
- 「なりや」。鳴り鏑の矢。
- 靡けし
- 倒した。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・雑歌・1673〜1679番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大宝元年(701)10月の紀伊行幸のときの歌の続き。1673番は長意吉麻呂、1679番は坂上人長の作ともいう。
修辞
- 掛詞
- 1679番で「都麻の社」の「つま」に「妻」をかける。
- 枕詞
- 1675番の「白妙の」が「衣」にかかる。
解説
藤白の坂(和歌山県海南市)で袖を濡らすのは、有間皇子の悲劇をしのんだためとする説もある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、346頁(コマ177)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、392頁(コマ202)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日