万葉集 巻第九 1667〜1672番
妹がため 我玉求む
妻のために私は玉を探す。沖の白玉を寄せて来い、沖の白波よ。白崎の岬、三名部の浦、湯羅の崎で釣りをする海人、黒牛潟を行く赤い裳の娘。大宝元年の紀伊行幸の歌十三首のうち初めの六首。
場面イラスト(準備中)
題詞大寶元年辛丑冬十月、太上天皇大行天皇の紀伊國に幸せる時の歌(1)
- 1妹妹いもがががためためため爲妹1667
- 2我我われ玉玉たま求求もとむむむ我玉求
- 3沖沖おき邊邊へなるなるなる於伎邊有
- 4白白しら玉玉たま寄寄よせせせ來來こ白玉依來
- 5沖沖おきつつつ白白しら浪浪なみ於岐都白浪
- 6白白しら埼埼さきははは白崎者1668
- 7幸幸さきくくく在在ありりり待待まててて幸在待
- 8大大おお船船ぶねににに大船爾
- 9眞眞ま楫楫かじ繁繁しじ貫貫ぬききき眞梶繁貫
- 10またまたまた反反かえりりり見見みむむむ又將顧
- 11三名部三名部みなべののの浦浦うら三名部乃浦1669
- 12潮潮しおななな滿滿みちちちそそそねねね鹽莫滿
- 13鹿島鹿島かしまなるなるなる鹿島在
- 14釣釣つりするするする海海あ人人まををを釣爲海人乎
- 15見見みててて歸歸かえりりり來來こむむむ見變來六
- 16朝朝あさびらきびらきびらき朝開1670
- 17榜榜こぎぎぎ出出でててて我我われははは榜出而我者
- 18湯羅湯羅ゆらののの埼埼さき湯羅前
- 19釣釣つりするするする海海あ人人まををを釣爲海人乎
- 20見見みててて歸歸かえりりり來來こむむむ見變將來
- 21湯羅湯羅ゆらののの埼埼さき湯羅乃前1671
- 22潮潮しお干干ひにににけらしけらしけらし塩乾爾祁良志
- 23白神白神しらかみののの白神之
- 24磯磯いそののの浦浦うら回回みををを磯浦箕乎
- 25敢敢あへへえててて榜榜こぎぎぎ動動とよむむむ敢而榜動
- 26黑牛黑牛くろうし潟潟がた黑牛方1672
- 27潮潮しお干干ひののの浦浦うらををを塩干乃浦乎
- 28くれなゐくれなゐくれないののの紅
- 29玉玉たま裳裳も裾裾すそびきびきびき玉裙須蘇延
- 30行行ゆくくくははは誰誰たががが妻妻つま往者誰妻
現代語訳
〔1667〕妻のために私は玉を探し求める。沖の方にある白玉を寄せて来い、沖の白波よ。
〔1668〕白崎よ、無事に待っていておくれ。大船に楫をたくさん取りつけて、また帰ってきて見よう。
〔1669〕三名部の浦よ、潮が満ちないでおくれ。鹿島で釣りをする海人を見て帰って来よう。
〔1670〕朝早く船出して漕ぎ出し、私は湯羅の崎で釣りをする海人を見て帰って来よう。
〔1671〕湯羅の崎は潮が引いたらしい。白神の磯の浦辺を、あえて漕ぎどよめかせている。
〔1672〕黒牛潟の潮の引いた浦を、紅の美しい裳の裾を引いて行くのは、誰の妻だろう。
意訳
大宝元年(701)10月、持統太上天皇と文武天皇が紀伊国に行幸したときの歌である。妻へのみやげの白玉を探す歌、白崎に再訪を約束する歌、三名部の浦や湯羅の崎で釣りをする海人を見物したいという歌、潮の引いた白神の磯を漕ぐ船、黒牛潟を赤い裳の裾を引いて歩く女性の姿と、行幸の旅の楽しげな情景が歌われている。
語釈・文法注
文法・本文
- 幸く在り待て
- 無事で待っていよ。
- 朝びらき
- 朝早く船出すること。
- 玉裳
- 美しい裳。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・雑歌・1667〜1672番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大宝元年(701)10月、持統太上天皇と文武天皇の紀伊行幸のときの歌。作者はわからない。
修辞
- 呼びかけ
- 1668番で白崎に、1669番で浦に呼びかける。
解説
1672番の紅の裳の女性は、行幸に従った女官とみられる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、345頁(コマ176)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、391頁(コマ201)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日