万葉集 巻第八 1633〜1635番
手もすまに 植ゑし萩にや
手も休めずに植えた萩なのに、かえって見ても飽きず、心を尽くすことになるのだろうか。袖が水垢で汚れるまで植えた田を、鳴子を張って見張るのはつらい。佐保川の水をせき止めて植えた田を刈った早稲の飯は、ひとりで食べることになるだろう。ある人が尼に贈った歌二首と、尼が上の句を作り家持が下の句を継いだ歌。
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題詞或者、尼に贈れる歌二首/尼、頭句を作り、并に大伴宿禰家持、尼に誂へられて末句を續ぎて和ふる歌一首
- 1手手てもももすますますまににに手母須麻爾1633
- 2植植うゑゑえししし萩萩はぎにににややや殖之芽子爾也
- 3却却かえりりりてててははは還者
- 4見見みれれれどもどもども飽飽あかかかずずず雖見不飽
- 5情情こころ盡盡つくさささむむん情將盡
- 6衣衣ころも手手でににに衣手爾1634
- 7水水み澁澁しぶつくつくつくまでまでまで水澁付左右
- 8植植うゑゑえししし田田たををを殖之田乎
- 9引引ひき板板た吾吾わががが延延はへへへ引板吾波倍
- 10守守まもれれれるるる苦苦くるししし眞守有栗子
- 11佐保佐保さほ河河がわののの佐保河之1635 尼・家持
- 12水水みずををを塞塞せききき上上あげげげててて水乎塞上而
- 13植植うゑゑえししし田田たををを殖之田乎
- 14苅苅かるるる早早わさ飯飯いいははは苅流早飯者
- 15獨獨ひとりなるなるなるべしべしべし獨奈流倍思
現代語訳
〔1633〕手を休めることもなく植えた萩なのに、かえって、見ても見飽きることがなく、心を尽くすことになるのだろうか。
〔1634〕袖に水垢がつくまでに植えた田を、鳴子を私が張りわたして見張っているのは、つらいことだ。
〔1635〕佐保川の水をせき止めて引き入れて植えた田を、刈って炊いた早稲の飯は、ひとりで食べることになるのだろう。
意訳
ある人が尼に贈った歌は、手塩にかけて育てた萩や田(育てた娘)を見守る苦労を歌ったものとみられる。続く1635番は、尼が上の句を詠み、家持が下の句を付けた、万葉集に残る最も早い連歌の例とされる。佐保川の水を引いて植えた田の新米は、ひとりで食べるのだろうと、尼の身の上をからかうように応じている。
語釈・文法注
文法・本文
- 手もすまに
- 手を休める間もなく。
- 水澁
- 「みしぶ」。水の垢。
- 引板
- 「ひきた」。鳴子。
- 早飯
- 「わさいひ」。早稲の新米の飯。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第八・相聞・1633〜1635番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- ある人が尼に贈った歌二首と、尼が上の句を作り、大伴家持が下の句を継いで答えた歌。
修辞
- 連歌
- 1635番は上の句と下の句を二人で詠み継ぐ。
解説
1635番は、のちの連歌の起源として注目される。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、333頁(コマ170)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、376頁(コマ194)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日