万葉集 巻第八 1581〜1591番
手折らずて 散りなば惜しと
手折らずに散ってしまったら惜しいと思っていた秋の黄葉を、挿頭にしたことだ。雨の中を手折って来た黄葉、初黄葉のような君、奈良山の時雨、山川の瀬を流れる黄葉、露霜にあった黄葉、風のまにまに散る黄葉、明けずにあってほしい今夜。橘奈良麻呂が旧宅で催した宴の歌十一首。
題詞橘宿禰奈良麻呂、集宴を結べる歌十一首
- 1手手た折折おらららずずずててて不手折而1581 奈良麻呂
- 2散散ちりりりなばなばなば惜惜をしししととと落者惜常
- 3我我わががが思思おもひひいししし我念之
- 4秋秋あきののの黃黃もみ葉葉じををを秋黃葉乎
- 5かざしかざしかざしつるつるつるかもかもかも挿頭鶴鴨
- 6めづらしきめづらしきめずらしき希將見1582 奈良麻呂
- 7人人ひとににに見見みせせせむむんととと人爾令見跡
- 8黃黃もみ葉葉じををを黃葉乎
- 9手手た折折おりりりぞぞぞ我我わががが來來こししし手折曾我來師
- 10雨雨あめののの零零ふらららくくくににに雨零久仁
- 11黃黃もみ葉葉じををを黃葉乎1583 久米女王
- 12散散ちらすらすらす時時しぐ雨雨れににに令落鐘禮爾
- 13ぬれぬれぬれててて來來きててて所沾而來而
- 14君君きみががが黃黃もみ葉葉じををを君之黃葉乎
- 15かざしかざしかざしつるつるつるかもかもかも挿頭鶴鴨
- 16めづらしめづらしめずらしととと希將見跡1584 長忌寸の娘
- 17吾吾わががが思思おもふふう君君きみははは吾念君者
- 18秋秋あき山山やまののの秋山
- 19初初はつ黃黃もみ葉葉じににに始黃葉爾
- 20似似にてててこそこそこそありありありけれけれけれ似許曾有家禮
- 21奈良奈良なら山山やまののの平山乃1585 犬養吉男
- 22峯峯みねののの黃黃もみ葉葉じ峯之黃葉
- 23取取とれれればばば散散ちるるる取者落
- 24時時しぐ雨雨れののの雨雨あめししし鍾禮能雨師
- 25間間ま無無なくくく零零ふるるるらしらしらし無間零良志
- 26黃黃もみ葉葉じををを黃葉乎1586 犬養持男
- 27散散ちらららまくまくまく惜惜おしみしみしみ落卷惜見
- 28手手た折折おりりり來來きててて手折來而
- 29今今こ夜夜よいかざしかざしかざしつつつ今夜挿頭津
- 30何何なにかかか念念おもははわむむん何物可將念
- 31あしひきあしひきあしひきののの足引乃1587 大伴書持
- 32山山やまののの黃黃もみ葉葉じ山之黃葉
- 33今今こ夜夜よいもももかかか今夜毛加
- 34浮浮うかびびび去去いぬぬぬらむらむらん浮去良武
- 35山山やま川川がわののの瀨瀨せににに山河之瀨爾
- 36奈良奈良なら山山やまををを平山乎1588 三手代人名
- 37匂匂におはすはすわす黃黃もみ葉葉じ令丹黃葉
- 38手手た折折おりりり來來きててて手折來而
- 39今今こ夜夜よいかざしかざしかざしつつつ今夜挿頭都
- 40散散ちらららばばば散散ちるるるともともとも落者雖落
- 41露露つゆ霜霜じもににに露霜爾1589 秦許遍麻呂
- 42あへあへあえるるる黃黃もみ葉葉じををを逢有黃葉乎
- 43手手た折折おりりり來來きててて手折來而
- 44妹妹いもとととかざしかざしかざしつつつ妹挿頭都
- 45後後のちははは散散ちるるるともともとも後者落十方
- 46十月十月かんなづき十月1590 大伴池主
- 47時時しぐ雨雨れににに逢逢あへへえるるる鍾禮爾相有
- 48黃黃もみ葉葉じののの黃葉乃
- 49吹吹ふかかかばばば散散ちりりりなむなむなん吹者將落
- 50風風かぜのののまにまにまにまにまにまに風之隨
- 51黃黃もみ葉葉じののの黃葉乃1591 大伴家持
- 52過過すぎぎぎまくまくまく惜惜おしみしみしみ過麻久惜美
- 53思思おもふふうどちどちどち思共
- 54遊遊あそぶぶぶ今今こ夜夜よいははは遊今夜者
- 55明明あけけけずずずもももあらあらあらぬぬぬかかか不開毛有奴香
現代語訳
〔1581〕手折らずに散ってしまったら惜しいと私が思っていた秋の黄葉を、挿頭にしたことだ。
〔1582〕賞美すべき人に見せようと、黄葉を手折って私はやって来た。雨が降っているのに。
〔1583〕黄葉を散らす時雨に濡れてやって来て、あなたの黄葉を挿頭にしたことだ。
〔1584〕すばらしいと私が思うあなたは、秋山の初黄葉に似ていらっしゃることです。
〔1585〕奈良山の峰の黄葉は、手に取ると散る。時雨の雨が絶え間なく降っているらしい。
〔1586〕黄葉が散るのを惜しんで手折ってきて、今夜挿頭にした。もう何を思うことがあろう。
〔1587〕(あしひきの)山の黄葉は、今夜も浮かんで流れているだろうか。山川の瀬に。
〔1588〕奈良山を美しく色どる黄葉を手折ってきて、今夜挿頭にした。散るなら散ってもかまわない。
〔1589〕露霜にあって色づいた黄葉を手折ってきて、いとしい人と挿頭にした。後は散ってもかまわない。
〔1590〕十月の時雨にあった黄葉は、風が吹いたら散ってしまうだろう。風の吹くままに。
〔1591〕黄葉が散ってしまうのを惜しんで、気の合う仲間どうしで遊ぶ今夜は、明けないでほしいものだ。
意訳
冬10月17日、橘奈良麻呂が父の右大臣橘諸兄の旧宅で催した宴の歌十一首である。奈良麻呂が、散る前に黄葉を挿頭にできた喜びと、雨の中を手折って来たことを歌うと、参加者たちは黄葉を詠みこんで次々に応じる。主人を初黄葉にたとえる歌、時雨に散る奈良山の黄葉、山川を流れる黄葉、散るなら散ってもかまわないという満ち足りた心が歌われ、最後に家持が、気の合う仲間と遊ぶ今夜が明けなければよいと結んでいる。
語釈・文法注
文法・本文
- めづらしき
- 賞美すべき、すばらしい。
- 匂はす
- 美しく色どる。
- 思ふどち
- 気の合う仲間どうし。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第八・雑歌・1581〜1591番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 冬10月17日、橘奈良麻呂が右大臣橘諸兄の旧宅で催した宴の歌十一首。
修辞
- 反復
- 各歌に「黃葉」を詠みこむ。
解説
若い貴族たちが一つの題で次々に歌を詠み継いだ、奈良時代の歌会の姿を伝える歌群である。家持・書持兄弟、池主らが参加している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、325頁(コマ166)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、366頁(コマ189)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日