万葉集 巻第七 1317〜1322番
海の底 石著く白玉
海の底に沈んでいる白玉は、風が吹いて海が荒れても、取らずにはおくまい。千度祈る海人、神を祭って採る玉、誰のために心を尽くすのか、白玉の緒の絶え、伊勢の海の鰒玉。玉に恋人をたとえた譬喩歌のうち初めの六首。
場面イラスト(準備中)
題詞譬喩歌 玉に寄す(1)
- 1海海わたののの底底そこ海底1317
- 2石石しず著著く白白しら玉玉たま沈白玉
- 3風風かぜ吹吹ふきききててて風吹而
- 4海海うみははは荒荒あるるるともともとも海者雖荒
- 5取取とらららずずずははは止止やまままじじじ不取者不止
- 6底底そこ淸淸きよみみみ底清1318
- 7石石しず著著つけけけるるる玉玉たまををを沈有玉乎
- 8見見みまくまくまく欲欲ほりりり欲見
- 9千千ち遍遍たびぞぞぞ告告のりりりししし千遍曾告之
- 10潛潛かずきするするする白水郎白水郎あま潛爲白水郎
- 11大大おお海海うみののの大海之1319
- 12水水みな底底そこ照照てらしらしらし水底照之
- 13石石しず著著く玉玉たま石著玉
- 14齋齋いわひひいててて採採とらららむむん齊而將採
- 15風風かぜななな吹吹ふきききそそそねねね風莫吹行年
- 16水水みな底底そこににに水底爾1320
- 17石石しず著著く白白しら玉玉たま沈白玉
- 18誰誰たれゆゑゆゑゆえににに誰故
- 19心心こころつくしつくしつくしててて心盡而
- 20吾吾わががが念念おもははわなくなくなくににに吾不念爾
- 21世世よののの中中なかははは世間1321
- 22常常つね斯斯かくくくのみのみのみかかか常如是耳加
- 23結結むすびびびてててししし結大王
- 24白白しら玉玉たまののの緒緒をののの白玉之緒
- 25絕絕たゆゆゆらくらくらく思思おもへへえばばば絕樂思者
- 26伊勢伊勢いせののの海海うみののの伊勢海之1322
- 27白水郎白水郎あまののの島津島津しまつががが白水郎之島津我
- 28鰒鰒あわび玉玉だま鰒玉
- 29取取とりりりててて後後のちもももかかか取而後毛可
- 30戀戀こいののの繁繁しげけけけむむん戀之將繁
現代語訳
〔1317〕海の底に沈んでいる白玉は、風が吹いて海が荒れても、取らずにはおくまい。
〔1318〕底が清らかなので沈んでいる玉を、見たいと思って千度も祈った、潜りをする海人は。
〔1319〕大海の水底を照らして沈んでいる玉を、神を祭って採ろう。風よ吹かないでおくれ。
〔1320〕水底に沈んでいる白玉よ。ほかの誰のために心を尽くして、私が思っているわけでもないのに。
〔1321〕世の中はいつもこうなのだろうか。結んだ白玉の緒が絶えてしまうことを思うと。
〔1322〕伊勢の海の海人の島津が採る鰒玉を、取ってしまった後も、恋心はつのるだろうか。
意訳
玉に寄せた譬喩歌である。手の届かない恋人を海の底の白玉にたとえ、どんな障害があっても手に入れようという決意、何度も祈る思い、神を祭って求める慎重さ、ほかならぬあなたのために心を尽くしているのだという訴えを歌う。1321番は結んだ白玉の緒が切れることに恋の破局を嘆き、1322番は鰒玉を手に入れた後も恋しさはつのるだろうかと歌っている。
語釈・文法注
文法・本文
- 石著く
- 「しづく」。水底に沈んでいる。
- 齋ひて
- 神を祭って、身を清めて。
- 鰒玉
- 「あはびだま」。アワビからとれる真珠。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1317〜1322番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、「玉に寄す」歌の初めの六首。作者はわからない。
修辞
- 譬喩
- 恋人を海底の白玉にたとえる。
解説
海女の潜水によって得られる真珠は、得がたい恋人のたとえとして多くの譬喩歌に詠まれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、279頁(コマ143)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、308頁(コマ160)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日