万葉集 巻第七 1290〜1295番
海の底 沖つ玉藻の
沖の玉藻の莫告藻の花よ、妹と私がここで何をしていたと人に言うな。岡の草を刈る子、江林の猪鹿、遠江の阿渡川の楊、向かいの山に昇る月、三笠山の月の船。旋頭歌の終わりの六首で、1295番のほかは柿本人麻呂歌集の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞旋頭歌(4)
- 1海海わたののの底底そこ海底1290
- 2沖沖おきつつつ玉玉たま藻藻もののの奧玉藻之
- 3名告藻名告藻なのりそののの花花はな名乘曾花
- 4妹妹いもととと吾吾われととと妹與吾
- 5此處此處ここににに何何なににににありありありととと此何有跡
- 6莫告藻莫告藻なのりそののの花花はな莫語之花
- 7このこのこの岡岡をかににに此岡1291
- 8草草くさ刈刈かるるる小小わら子子は草苅小子
- 9然然しかななな刈刈かりりりそそそねねね勿然苅
- 10在在ありりりつつつつつつももも有乍
- 11君君きみががが來來きまさまさまさむむん君來座
- 12御御み馬馬ま草草くさにににせせせむむん御馬草爲
- 13江江え林林ばやしににに江林1292
- 14宿宿やどるるる猪猪し鹿鹿しやもやもやも次宍也物
- 15求求もとむるむるむるににによきよきよき求吉
- 16白白しろ妙妙たえののの白栲
- 17袖袖そで纒纒まききき上上あげげげててて袖纒上
- 18猪猪し鹿鹿し待待まつつつ我我わが背背せ宍待我背
- 19霰霰あられ降降ふりりり丸雪降1293
- 20遠江遠江とおつおうみののの遠江
- 21阿渡阿渡あど川川かわ楊楊やなぎ吾跡川楊
- 22刈刈かれれれどもどもども雖苅
- 23またまたまたももも生生おふふうとととふふふ亦生云
- 24阿渡阿渡あど川川かわ楊楊やなぎ余跡川楊
- 25朝朝あさづくづくずく日日ひ朝月日1294
- 26向向むかひひいののの山山やまににに向山
- 27月月つき立立たてててりりり見見みゆゆゆ月立所見
- 28遠遠とお妻妻ずまををを遠妻
- 29持持もちちちたるたるたる人人ひとししし持在人
- 30見見みつつつつつつ偲偲しぬばばばむむん看乍偲
- 31春日春日かすがなるなるなる春日在1295
- 32三三み笠笠かさののの山山やまににに三笠乃山二
- 33月月つきののの船船ふね出出いづづず月船出
- 34遊遊みや士士びおののの遊士之
- 35飮飮のむむむ酒酒さか杯杯ずきににに飮酒杯爾
- 36影影かげににに見見みえええつつつつつつ陰爾所見管
現代語訳
〔1290〕(海の底)沖の玉藻の、莫告藻の花よ。妹と私がここで何をしていたと、人に告げるな。莫告藻の花よ。
〔1291〕この岡で草を刈る子よ、そんなに刈らないでおくれ。そのままにしておいて、あの方がおいでになるときの、馬の飼い葉にしよう。
〔1292〕江の林に宿る猪や鹿は、探し求めるのにちょうどよいのか。白い袖をまくり上げて、猪や鹿を待っているわが夫よ。
〔1293〕(霰降り)遠江の阿渡川の楊は、刈ってもまた生えるという。阿渡川の楊は。
〔1294〕(朝づく日)向かいの山に月が出ているのが見える。遠くに妻をもっている人は、これを見ながら偲ぶことだろう。
〔1295〕春日の三笠の山に月の船が出た。風流な人たちの飲む酒杯に、その影を映しながら。
意訳
旋頭歌の終わりの六首である。人目を忍ぶ逢瀬を莫告藻の花に口止めする歌、恋人の馬の飼い葉にするから岡の草を刈るなという歌、狩りに夢中な夫を見守る妻の歌、刈ってもまた生える阿渡川の楊、遠く離れた妻を月に偲ぶ歌、そして三笠山に昇った月が宴の酒杯に映る華やかな景で、旋頭歌の部は結ばれている。
語釈・文法注
文法・本文
- 此處に何にありと
- ここで何をしていたと。
- 御馬草
- 「みまくさ」。馬の飼い葉。
- 朝づく日
- 「向ふ」にかかる枕詞。
- 遊士
- 「みやびを」。風流な人。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1290〜1295番
- 歌体
- 旋頭歌(五七七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「旋頭歌」の終わりの六首。1290〜1294番は柿本人麻呂歌集、1295番は作者がわからない。
修辞
- 反復
- 1290・1293番で、第三句と第六句に同じ句をくり返す。
- 見立て
- 1295番で、月を船に見立てる。
解説
1295番の「月の船」は、巻頭の1068番「天の海に雲の波立ち月の船」と響き合っている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、276頁(コマ142)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、305頁(コマ158)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日