万葉集 巻第七 1213〜1217番
名草山 言にしありけり
名草山とは名ばかりだった。私の恋心の千に一つも慰めてくれない。小為手の山の真木の葉、玉津島、方便海の神の手を渡る海女。紀伊への旅の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞覊旅にて作れる(8)
- 1名草名草なぐさ山山やま名草山1213
- 2言言ことにににしししありありありけりけりけり事西在來
- 3吾吾わががが戀戀こふるふるうる吾戀
- 4千千ち重重へののの一一ひと重重へももも千重一重
- 5慰慰なぐさめめめなくなくなくににに名草目名國
- 6安太安太あだへへへ行行ゆくくく安太部去1214
- 7小爲手小爲手おすてののの山山やまののの小爲手乃山之
- 8眞眞ま木木きののの葉葉はももも眞木葉毛
- 9久久ひさしくしくしく見見みねねねばばば久不見者
- 10蘿蘿こけ生生むしししにににけりけりけり蘿生爾家里
- 11玉津玉津たまつ島島しま玉津島1215
- 12よくよくよく見見みててて行行いませませませ能見而伊座
- 13あをによしあをによしあおによし青丹吉
- 14平城平城ならなるなるなる人人ひとののの平城有人之
- 15待待まちちち問問とはははばばばいかにいかにいかに待問者如何
- 16潮潮しお滿滿みたたたばばば鹽滿者1216
- 17いかにいかにいかにせせせむむんとととかかか如何將爲跡香
- 18方便海方便海わたつみののの方便海之
- 19神神かみががが手手てわたるわたるわたる神我手渡
- 20海海あま未未お通通と女女めどもどもども海部未通女等
- 21玉津玉津たまつ島島しま玉津島1217
- 22見見みてててししし善善よけくけくけくももも見之善雲
- 23吾吾われははは無無なししし吾無
- 24京京みやこににに行行ゆきききててて京往而
- 25戀戀こひひいまくまくまく思思おもへへえばばば戀幕思者
現代語訳
〔1213〕名草山(慰める山)とは、名ばかりのことだった。私の恋の苦しさの、千に一つも慰めてくれないのに。
〔1214〕安太へ行く小為手の山の真木の葉も、久しく見ないでいたので、苔が生えてしまった。
〔1215〕玉津島をよく見ていらっしゃい。(あをによし)奈良の都の人が待っていて尋ねたら、どうするのですか。
〔1216〕潮が満ちてきたら、どうするつもりなのか。海の神の手を渡っていく海女たちよ。
〔1217〕玉津島を見たよかったことも、私にはない。都に帰って、恋しく思うだろうことを思うと。
意訳
紀伊の名草山・小為手山・玉津島などを詠んだ歌である。名草山の名に「慰む」をかけて恋の苦しさは慰められないと嘆く歌、久しぶりに見る山の木々に苔が生えたという歌、都の人に話せるよう玉津島をよく見ていけと勧める歌、潮の満ちる海を渡る海女を気づかう歌、そして美しい玉津島を見たためにかえって都で恋しくなるだろうと嘆く歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 言にしありけり
- 名ばかりだった。
- 行ませ
- いらっしゃい。
- 見てし善けくも吾は無し
- 見たよさも私にはない。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1213〜1217番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌の続き。紀伊への旅の歌。作者はわからない。
修辞
- 掛詞
- 1213番の「名草(なぐさ)」と「慰(なぐさ)め」。
- 枕詞
- 1215番の「あをによし」が「平城」にかかる。
解説
玉津島は和歌の浦(和歌山市)の小島で、山部赤人の歌(巻第六の917〜919番)でも知られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、269頁(コマ138)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、296頁(コマ154)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日