万葉集 巻第七 1218〜1222番
黑牛の海 くれなゐ匂ふ
黒牛の海が紅に照り映えている。大宮人があさりをしているらしい。若の浦の白波、由良の岬、大和から恋い慕ってきた玉津島。藤原卿の紀伊の旅の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞覊旅にて作れる(9)
- 1黑牛黑牛くろうしののの海海うみ黑牛乃海1218
- 2くれなゐくれなゐくれない匂匂におふふう紅丹穗經
- 3百百もも磯磯し城城きののの百磯城乃
- 4大大おお宮宮みや人人びとししし大宮人四
- 5あさりあさりあさりすらしすらしすらしももも朝入爲良霜
- 6若若わかののの浦浦うらににに若浦爾1219
- 7白白しら浪浪なみ立立たちちちててて白浪立而
- 8沖沖おきつつつ風風かぜ奧風
- 9寒寒さむききき暮暮ゆうべははは寒暮者
- 10大和大和やまとししし念念おもほほおゆゆゆ山跡之所念
- 11妹妹いもがががためためため爲妹1220
- 12玉玉たまををを拾拾ひりふふうととと玉乎拾跡
- 13紀紀きののの國國くにののの木國之
- 14由良由良ゆらののの岬岬みさきににに湯等乃三埼二
- 15このこのこの日日ひ暮暮くらしらしらしつつつ此日鞍四通
- 16吾吾わががが舟舟ふねののの吾舟乃1221
- 17楫楫かじはははななな引引ひきききそそそ梶者莫引
- 18大和大和やまとよりよりより自山跡
- 19戀戀こひひい來來こししし心心こころ戀來之心
- 20いまだいまだいまだ飽飽あかかかなくなくなくににに未飽九二
- 21玉津玉津たまつ島島しま玉津島1222
- 22見見みれれれどもどもども飽飽あかかかずずず雖見不飽
- 23いかにいかにいかにしてしてして何爲而
- 24裹裹つつみみみ持持もちちち行行ゆかかかむむん裹持將去
- 25見見みぬぬぬ人人ひとののの爲爲ため不見人之爲
現代語訳
〔1218〕黒牛の海が紅に照り映えている。(百磯城の)大宮人たちが、あさりをしているらしい。
〔1219〕若の浦に白波が立って、沖の風の寒い夕暮れには、大和が思われる。
〔1220〕妻のために玉を拾おうとして、紀の国の由良の岬で、この一日を暮らしてしまった。
〔1221〕私の舟の楫を引かないでくれ。大和から恋い慕ってきた心は、まだ満ち足りていないのだから。
〔1222〕玉津島は見ても飽きることがない。どうやって包んで持って行こうか。まだ見ていない人のために。
意訳
藤原卿の紀伊の旅の歌である。紅の裳の女官たちが貝を拾う黒牛潟の華やかな景から始まり、若の浦の寒い夕暮れに大和を思う歌、妻へのみやげの玉を拾って一日を過ごす歌、まだ見足りないので舟を出さないでくれという歌、玉津島の美しさを包んで持ち帰りたいという歌が並ぶ。行幸に従った旅とみられる。
語釈・文法注
文法・本文
- くれなゐ匂ふ
- 紅に照り映える。女官たちの赤い裳の色。
- 楫はな引きそ
- 楫を引くな。舟を出すな。
- 裹み持ち行かむ
- 包んで持って行こうか。
和歌
- 作者
- 藤原卿(生没年未詳)
藤原氏の高官。藤原房前・麻呂などとする説がある。 - 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1218〜1222番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌の続き。藤原卿の紀伊の旅の歌。
解説
黒牛潟は和歌山県海南市の海岸。1222番は、景色を包んで持ち帰りたいという発想が印象的である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、270頁(コマ139)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、296頁(コマ154)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日