万葉集 巻第七 1208〜1212番
妹に戀ひ 吾が越え行けば
妻を恋しく思いながら山を越えて行くと、背の山が妹の山を恋しがらずに並んでいるのがうらやましい。妹背の山、妹のあたり、糸鹿の山の桜。紀伊への旅の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞覊旅にて作れる(7)
- 1妹妹いもににに戀戀こひひい妹爾戀1208
- 2吾吾わががが越越こえええ行行ゆけけけばばば余越去者
- 3背背せののの山山やまののの勢能山之
- 4妹妹いもににに戀戀こひひいずずずててて妹爾不戀而
- 5あるあるあるががが羨羨ともしさしさしさ有之乏左
- 6人人ひとならならならばばば人在者1209
- 7母母ははののの最愛子最愛子まなごぞぞぞ母之最愛子曾
- 8あさもよしあさもよしあさもよし麻毛吉
- 9紀紀きののの川川かはののの邊邊へののの木川邊之
- 10妹妹いもととと背背せののの山山やま妹與背之山
- 11吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹子爾1210
- 12吾吾わががが戀戀こひひい行行ゆけけけばばば吾戀行者
- 13羨羨ともしくしくしくももも乏雲
- 14竝竝ならびびび居居おるるるかもかもかも並居鴨
- 15妹妹いもととと背背せののの山山やま妹與勢能山
- 16妹妹いもがががあたりあたりあたり妹當1211
- 17今今いまぞぞぞ吾吾わががが行行ゆくくく今曾吾行
- 18目目めのみのみのみだにだにだに目耳谷
- 19吾吾われににに見見みえええこそこそこそ吾耳見乞
- 20言言こと問問とはははずずずともともとも事不問侶
- 21足代足代あて過過すぎぎぎててて足代過而1212
- 22絲鹿絲鹿いとかののの山山やまののの絲鹿乃山之
- 23櫻櫻さくら花花ばな櫻花
- 24散散ちらららずずずあらあらあらなむなむなん不散在南
- 25還還かえりりり來來こむむむまでまでまで還來萬代
現代語訳
〔1208〕妻を恋しく思いながら私が越えて行くと、背の山が妹の山を恋しがらずに、そばにいるのがうらやましい。
〔1209〕人であったなら、母のいとし子であろう。(あさもよし)紀の川のほとりの、妹と背の山は。
〔1210〕妻を恋しく思いながら私が行くと、うらやましいことに、並んでいることだ。妹と背の山は。
〔1211〕妻の家のあたりを、今私は行く。せめて姿だけでも見せておくれ。言葉は交わさなくても。
〔1212〕足代を過ぎて、糸鹿の山の桜花よ、散らずにいておくれ。私が帰ってくるまで。
意訳
紀伊への旅の歌である。家に残した妻を恋しく思う旅人にとって、紀の川をはさんで仲よく並ぶ妹背の山はうらやましく見える。1209番は、母にかわいがられる子のような仲のよい二つの山だと歌う。1211番は恋人の家の近くを通りながら姿だけでも見たいと願い、1212番は帰りまで糸鹿山の桜に散らずにいよと呼びかけている。
語釈・文法注
文法・本文
- 羨しさ
- うらやましさ。
- 最愛子
- 「まなご」。いとしい子。
- 見えこそ
- 見えてほしい。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1208〜1212番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌の続き。紀伊への旅の歌。作者はわからない。
修辞
- 擬人法
- 妹背の山を夫婦や兄妹に見立てる。
- 枕詞
- 1209番の「あさもよし」が「紀」にかかる。
解説
足代・糸鹿山は和歌山県有田市のあたりの地名。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、269頁(コマ138)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、295頁(コマ153)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日