万葉集 巻第七 1182〜1188番
海人小船 帆かも張れると
海人の小船が帆を張ったのかと見えるほどに、鞆の浦に波が立っている。鞆の浦、沖の波、三津の松原、海女の袖、飽浦の荒磯、遠津の浜の岩つつじ。旅で作った歌九十首の五つめの七首で、1187番は柿本人麻呂歌集の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞覊旅にて作れる(5)
- 1海人海人あま小小お船船ぶね海人小船1182
- 2帆帆ほかもかもかも張張はれれれるるるととと帆毳張流登
- 3見見みるるるまでまでまでににに見左右荷
- 4鞆鞆ともののの浦浦うら回回みににに鞆之浦回二
- 5浪浪なみ立立たてててりりり見見みゆゆゆ浪立有所見
- 6好好よくくく去去ゆきききててて好去而1183
- 7またまたまた還還かえりりり見見みむむむ亦還見六
- 8ますらをますらをますらおののの大夫乃
- 9手手てににに卷卷まききき持持もたるたるたる手二卷持在
- 10鞆鞆ともののの浦浦うら回回みををを鞆之浦回乎
- 11鳥鳥とりじものじものじもの鳥自物1184
- 12海海うみににに浮浮うきききゐゐいててて海二浮居而
- 13沖沖おきつつつ浪浪なみ奧津浪
- 14さわぐさわぐさわぐををを聞聞きけけけばばば驂乎聞者
- 15あまたあまたあまた悲悲かなしししももも數悲哭
- 16朝朝あさなぎなぎなぎににに朝菜寸二1185
- 17眞眞ま楫楫かじ榜榜こぎぎぎ出出でててて眞梶榜出而
- 18見見みつつつつつつ來來こししし見乍來之
- 19三津三津みつののの松松まつ原原ばら三津乃松原
- 20浪浪なみ越越ごしししににに見見みゆゆゆ浪越似所見
- 21漁漁あさりするするする朝入爲流1186
- 22海海あま未未お通通と女女め等等らががが海未通女等之
- 23袖袖そでとほりとほりとおり袖通
- 24沾沾ぬれれれにににししし衣衣ころも沾西衣
- 25干干ほせせせどどど乾乾かわかかかずずず雖干跡不乾
- 26網網あ引引びきするするする網引爲1187
- 27海海あ子子まとととややや見見みらららむむん海子哉見
- 28飽浦飽浦あくらののの飽浦
- 29淸淸きよききき荒荒あり磯磯そををを清荒磯
- 30見見みににに來來こししし吾吾われををを見來吾
- 31山山やま越越こえええててて山越而1188
- 32遠津遠津とおつののの濱濱はまののの遠津之濱之
- 33石石いわ躑躅躑躅つつじ石管自
- 34わがわがわが來來こむむむまでまでまでににに迄吾來
- 35含含ふふみみみてててありありあり待待まててて含而有待
現代語訳
〔1182〕海人の小船が帆を張ったのかと見えるほどに、鞆の浦に波が立っているのが見える。
〔1183〕無事に行って、また帰ってきて見よう。ますらおが手に巻いて持つ鞆という名の、鞆の浦を。
〔1184〕(鳥じもの)海に浮かんでいて、沖の波の騒ぐのを聞くと、ひどく悲しいことだ。
〔1185〕朝なぎに楫を漕ぎ出して、見ながらやって来た三津の松原が、波越しに見える。
〔1186〕あさりをする海女の娘たちの袖を通して濡れてしまった衣は、干しても乾かない。
〔1187〕網を引く漁師だと人は見るだろうか。飽浦の清らかな荒磯を見に来た私を。
〔1188〕山を越えて行く遠津の浜の岩つつじよ。私がまた来るまで、つぼみのままで待っていておくれ。
意訳
旅の歌の五つめの七首である。白い波を帆に見立てた鞆の浦の歌と、弓を射るときの「鞆」にかけて鞆の浦をまた見ようという歌、船旅の不安、遠ざかる三津の松原、海女の濡れた袖が続く。1187番は人麻呂歌集の歌で、荒磯を見に来た自分を漁師と見まちがえられるだろうかと興じ、1188番は、帰りに来るまで岩つつじに咲かずに待っていよと呼びかけている。
語釈・文法注
文法・本文
- 鞆
- 弓を射るとき左手首につける革の道具。「鞆の浦」を導く。
- 鳥じもの
- 鳥のように。
- 含みて
- つぼみのままで。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1182〜1188番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌九十首の五つめの七首。1187番は柿本人麻呂歌集、ほかは作者がわからない。
修辞
- 序詞
- 1183番の「ますらをの手に卷き持たる」が「鞆」を導く。
- 見立て
- 1182番で、白波を帆に見立てる。
解説
鞆の浦(広島県福山市)は瀬戸内の潮待ちの港で、大伴旅人も「鞆の浦の磯のむろの木」(巻第三の446番)と詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、268頁(コマ138)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、294頁(コマ153)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日