万葉集 巻第七 1176〜1181番
夏麻引く 海上潟の
海上潟の沖の洲に鳥は群れ騒ぐけれど、あなたからは便りもない。若狭の三方の海、印南野と日笠の浦、印南野の浅茅に照る月、淡路島、龍田山。旅で作った歌九十首の四つめの六首。
場面イラスト(準備中)
題詞覊旅にて作れる(4)
- 1夏夏なつ麻麻そ引引びくくく夏麻引1176
- 2海上海上うなかみ潟潟がたののの海上滷乃
- 3沖沖おきつつつ洲洲すににに奧津洲爾
- 4鳥鳥とりはははすだけすだけすだけどどど鳥者簀竹跡
- 5君君きみははは音音おともももせせせずずず君者音文不爲
- 6若狹若狹わかさなるなるなる若狹在1177
- 7三方三方みかたののの海海うみののの三方之海之
- 8濱濱はま淸淸きよみみみ濱清美
- 9いいい往往ゆききき還還かえらひらひらい伊往變良比
- 10見見みれれれどどど飽飽あかかかぬぬぬかもかもかも見跡不飽可聞
- 11印南印南いなみ野野ぬははは印南野者1178
- 12往往ゆききき過過すぎぎぎぬぬぬらしらしらし往過奴良之
- 13天天あまづたふづたふずたう天傳
- 14日笠日笠ひかさののの浦浦うらににに日笠浦
- 15波波なみ立立たてててりりり見見みゆゆゆ波立見
- 16家家いえにににしてしてして家爾之氐1179
- 17吾吾われははは戀戀こひひいむむんななな吾者將戀名
- 18印南印南いなみ野野ぬののの印南野乃
- 19淺淺あさ茅茅じががが上上うえににに淺茅之上爾
- 20照照てりりりししし月月つく夜夜よををを照之月夜乎
- 21荒荒あり磯磯そ越越こすすす荒磯超1180
- 22浪浪なみをををかしこみかしこみかしこみ浪乎恐見
- 23淡路淡路あわじ島島しま淡路島
- 24見見みずずずややや過過すぎぎぎなななむむん不見哉將過
- 25幾幾ここ許許だ近近ちかきききををを幾許近乎
- 26朝朝あさ霞霞がすみ朝霞1181
- 27やまずやまずやまず棚棚たな引引びくくく不止輕引
- 28龍田龍田たつた山山やま龍田山
- 29船船ふな出出でせせせむむん日日ひははは船出將爲日者
- 30吾吾われ戀戀こひひいむむんかもかもかも吾將戀香聞
現代語訳
〔1176〕(夏麻引く)海上潟の沖の洲に鳥は群れ騒いでいるけれど、あなたは便りもくれない。
〔1177〕若狭にある三方の海の浜が清らかなので、行ったり来たりして見ても、見飽きることがない。
〔1178〕印南野はもう通り過ぎたらしい。(天づたふ)日笠の浦に波が立っているのが見える。
〔1179〕家に帰ってから、私は恋しく思うだろうな。印南野の浅茅の上に照っていた月夜を。
〔1180〕荒磯を越す波が恐ろしいので、淡路島を見ないで通り過ぎてしまうのだろうか。こんなに近いのに。
〔1181〕朝霞がたえずたなびく龍田山よ。難波から船出する日には、私はこの山を恋しく思うだろうか。
意訳
旅の歌の四つめの六首である。下総の海上潟で便りのない人を思う歌、若狭の三方の海の浜の美しさ、播磨の印南野を過ぎて日笠の浦の波を見る歌、旅先の印南野の月夜をいつか家で懐かしむだろうという歌、近くに見えながら寄れない淡路島、そして難波から船出するときに大和との境の龍田山を恋しく思うだろうという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- すだけど
- 群がって騒いでいるけれど。
- い往き還らひ
- 行ったり来たりして。
- 天づたふ
- 「日」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1176〜1181番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌九十首の四つめの六首。作者はわからない。
修辞
- 枕詞
- 「夏麻引く」が「海上(うなかみ)」に、「天づたふ」が「日」にかかる。
解説
1179番は、旅の現在の景を、後に家で思い出すであろう時点から見る、時間の工夫をこらした歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、268頁(コマ138)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、294頁(コマ153)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日