万葉集 巻第七 1189〜1193番
大海に 嵐な吹きそ
大海に嵐よ吹くな、猪名の湊に舟が泊まるまでは。名子江の浜辺、出入の川の瀬で躓く馬、信土の山川、背の山に向かう妹の山。旅で作った歌九十首の六つめの五首。
場面イラスト(準備中)
題詞覊旅にて作れる(6)
- 1大大おお海海うみににに大海爾1189
- 2嵐嵐あらしななな吹吹ふきききそそそ荒莫吹
- 3しながしながしなが鳥鳥どり四長鳥
- 4猪名猪名いなののの湊湊みなとににに居名之湖爾
- 5舟舟ふね泊泊はつるつるつるまでまでまで舟泊左右手
- 6舟舟ふね泊泊はてててててて舟盡1190
- 7戕牁戕牁かし振振ふりりり立立たてててててて可志振立而
- 8廬廬いおりせせせむむん廬利爲
- 9名子江名子江なごえののの濱濱はま邊邊べ名子江乃濱邊
- 10過過すぎぎぎがてがてがてぬぬぬかもかもかも過不勝鳧
- 11妹妹いもががが門門かど妹門1191
- 12出入出入いでいりののの河河かはののの出入乃河之
- 13瀨瀨せをををはやみはやみはやみ瀨速見
- 14吾吾わががが馬馬うまつまづくつまづくつまずく吾馬爪衝
- 15家家いえ思思もふふうらしらしらしももも家思良下
- 16白白しろ妙妙たえににに白栲爾1192
- 17にほふにほふにおう信士信士まつちののの丹保布信土之
- 18山山やま川川がわににに山川爾
- 19吾吾わががが馬馬うまなづむなづむなずむ吾馬難
- 20家家いえ戀戀こふふうらしらしらしももも家戀良下
- 21背背せののの山山やまににに勢能山爾1193
- 22直直ただににに向向むかへへえるるる直向
- 23妹妹いもののの山山やま妹之山
- 24言言こと聽聽ゆるせせせやややももも事聽屋毛
- 25打打うち橋橋はし渡渡わたすすす打橋渡
現代語訳
〔1189〕大海に嵐よ吹かないでおくれ。(しなが鳥)猪名の湊に舟が泊まるまでは。
〔1190〕舟を泊めて、舫い杭を打ち立てて仮の宿りをしよう。名子江の浜辺は、通り過ぎかねることだ。
〔1191〕(妹が門)出入の川の瀬が速いので、私の馬がつまずく。家の者が私を思っているらしい。
〔1192〕(白妙に)照り映える信土の山川で、私の馬が行きなやむ。家の者が恋しく思っているらしい。
〔1193〕背の山にまっすぐ向かい合っている妹の山は、求婚を承知したのだろうか。打橋を渡している。
意訳
旅の歌の六つめの五首である。猪名の湊まで嵐よ吹くなと願う船旅の歌、名子江の浜辺から立ち去りがたい歌に続き、1191・1192番は、馬がつまずいたり行きなやんだりするのは、家の者が自分を思っているからだという、当時の信仰による歌。1193番は、紀の川をはさむ背の山と妹の山を夫婦に見立て、打橋を、妹の山が背の山の求婚を受け入れたしるしと見ている。
語釈・文法注
文法・本文
- 戕牁
- 「かし」。舟をつなぐ杭。
- 家思ふらしも
- 家の者が思っているらしい。馬のつまずきを家人の思いのしるしとする。
- 言聽せやも
- 言うことを聞き入れたのだろうか。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1189〜1193番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌の続き。作者はわからない。
修辞
- 枕詞
- 「しなが鳥」が「猪名」に、「妹が門」が「出入」に、「白妙に」が「にほふ」にかかる。
- 擬人法
- 1193番で、背の山と妹の山を夫婦に見立てる。
解説
妹背山(和歌山県かつらぎ町)は紀伊への旅の名所で、万葉集にくり返し詠まれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、269頁(コマ138)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、295頁(コマ153)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日