万葉集 巻第六 997〜1002番
住吉の 粉濱の四時華
住吉の粉浜のしじみ貝のように、口を開けずに心に秘めたまま恋い続けるのか。阿波の山、四極の海人、住吉の浜辺の乙女たち。天平6年の難波行幸で詠まれた歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞春三月、難波宮に幸せる時の歌六首
- 1住吉住吉すみのえののの住吉乃997 作者未詳
- 2粉濱粉濱こはまののの四時華四時華しじみ粉濱之四時華
- 3開開あけけけももも見見みずずず開藻不見
- 4隱隱こもりりりてててのみのみのみややや隱耳哉
- 5戀戀こひひいわたりわたりわたりなむなむなん戀度南
- 6眉眉まよののの如如ごと如眉998 船王
- 7雲雲くも居居いににに見見みゆるゆるゆる雲居爾所見
- 8阿波阿波あわののの山山やま阿波乃山
- 9かけかけかけててて榜榜こぐぐぐ舟舟ふね懸而榜舟
- 10泊泊とまり知知しらららずずずももも泊不知毛
- 11血沼血沼ちぬ回回みよりよりより從千沼回999 守部王
- 12雨雨あめぞぞぞ零零ふりりり來來くるるる雨曾零來
- 13四極四極しはつののの白水郎白水郎あま四八津之泉郎
- 14網網あみ手手た綱綱づな乾乾ほせせせりりり網手綱乾有
- 15沾沾ぬれれれ敢敢あへへえむむんかもかもかも沾將堪香聞
- 16兒兒こらららしししあらあらあらばばば兒等之有者1000 守部王
- 17二二ふた人人り聞聞きかかかむむんををを二人將聞乎
- 18沖沖おきつつつ渚渚すににに奧渚爾
- 19鳴鳴なくくくなるなるなる鶴鶴たずののの鳴成鶴乃
- 20曉曉あかときののの聲聲こえ曉之聲
- 21丈丈ます夫夫らおははは大夫者1001 山部赤人
- 22御御み獵獵かりににに立立たたしたしたし御獵爾立之
- 23未未お通通と女女め等等らははは未通女等者
- 24赤赤あか裳裳も裾裾すそ引引ひくくく赤裳須素引
- 25淸淸きよききき濱濱はま邊邊べををを清濱備乎
- 26馬馬うまののの歩歩あゆみ馬之歩1002 安倍豊継
- 27おさへおさへおさえ駐駐とどめめめよよよ押止駐余
- 28住吉住吉すみのえののの住吉之
- 29岸岸きしののの黃黃はに土土ふににに岸乃黃土
- 30にほひにほひにおいててて行行ゆかかかむむん爾保比而將去
現代語訳
〔997〕住吉の粉浜のしじみ貝が口を開けないように、思いを打ち明けもせず、心に秘めてばかりで恋い続けるのだろうか。
〔998〕眉のように雲の果てに見える阿波の山を目指して漕いでいく舟は、泊まる所もわからないことだ。
〔999〕血沼のあたりから雨が降ってくる。四極の漁師は網の手綱を干している。濡れても平気だろうか。
〔1000〕あの子がいたなら、二人で聞こうものを。沖の洲で鳴く鶴の、明け方の声を。
〔1001〕ますらおたちは狩りにお出かけになり、乙女たちは赤い裳の裾を引いて歩く。この清らかな浜辺を。
〔1002〕馬の歩みを押しとどめよ。住吉の岸の黄土で、衣を染めて行こう。
意訳
天平6年(734)3月、聖武天皇の難波行幸のときに詠まれた歌六首である。997番はしじみ貝に寄せて秘めた恋を歌い、998番は眉のように見える阿波の山を目指す舟を、999番は雨の中で網を干す漁師を気づかう。1000番は鶴の声を恋人とともに聞きたいと願い、1001番は狩りに出る男たちと赤裳の乙女たちの姿を、1002番は住吉の黄土で衣を染めようと歌っている。
語釈・文法注
文法・本文
- 四時華
- 「しじみ」はシジミ貝。原文の戯書。
- 白水郎
- 「あま」は漁師。
- 黃土
- 「はにふ」は黄色い粘土。衣を染めた。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第六・雑歌・997〜1002番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平6年(734)3月、聖武天皇が難波宮に行幸したときの歌六首。作者は左注に記されている。
修辞
- 序詞
- 997番の「住吉の粉濱の四時華」が「開けも見ず」を導く。
- 比喩
- 998番で、阿波の山を眉にたとえる。
解説
行幸に従った王族や官人たちが、難波の海辺の風景を思い思いに詠んだ歌群である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、240頁(コマ124)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、263頁(コマ137)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日