万葉集 巻第四 786〜792番
春の雨は いや頻降るに
春雨はしきりに降るのに、梅の花はまだ咲かない、とても若いからか。藤原仲麻呂の子の久須麻呂が家持の娘に求婚し、家持が梅の若木にたとえて、娘がまだ幼いことを伝えた贈答七首。巻第四の最後を飾る。
題詞大伴宿禰家持、藤原朝臣久須麻呂に報へ贈れる歌三首/また家持、藤原朝臣久須麻呂に贈れる歌二首/藤原朝臣久須麻呂の來り報ふる歌二首
- 1春春はるののの雨雨あめははは春之雨者786 家持
- 2いやいやいや頻頻しき降降ふるるるににに彌布落爾
- 3梅梅うめののの花花はな梅花
- 4いまだいまだいまだ咲咲さかかかなくなくなく未咲久
- 5いといといと若若わかみみみかもかもかも伊等若美可聞
- 6夢夢いめののの如如ごと如夢787 家持
- 7おもほゆるおもほゆるおもおゆるかもかもかも所念鴨
- 8愛愛はしきしきしきやしやしやし愛八師
- 9君君きみががが使使つかいののの君之使乃
- 10數數ま多多ねくくく通通かよへへえばばば麻禰久通者
- 11末末うらわかわかわかみみみ浦若見788 家持
- 12花花はな咲咲さきききがたきがたきがたき花咲難寸
- 13梅梅うめををを植植うゑゑえててて梅乎殖而
- 14人人ひとののの言言こと繁繁しげみみみ人之事重三
- 15思思おもひひいぞぞぞ吾吾わががが爲爲するるる念曾吾爲類
- 16情情こころぐくぐくぐく情八十一789 家持
- 17おもほゆるおもほゆるおもおゆるかもかもかも所念可聞
- 18春春はる霞霞がすみ春霞
- 19たなびくたなびくたなびく時時ときににに輕引時二
- 20言言ことののの通通かよへへえばばば事之通者
- 21春春はる風風かぜののの春風之790 家持
- 22聲聲おとにににししし出出でなななばばば聲爾四出名者
- 23在在ありりりさりさりさりててて有去而
- 24今今いまならならならずずずともともとも不有今友
- 25君君きみがががまにまにまにまにまにまに君之隨意
- 26奧奧おく山山やまののの奧山之791 久須麻呂
- 27磐磐いわ蔭蔭かげににに生生おふるふるうる磐影爾生流
- 28菅菅すがののの根根ねののの菅根乃
- 29ねもころねもころねもころ吾吾われももも懃吾毛
- 30相相あい念念おもははわざれざれざれややや不相念有哉
- 31春春はる雨雨さめををを春雨乎792 久須麻呂
- 32待待まつつつとととにににしししあらしあらしあらし待常二師有四
- 33吾吾わががが屋屋や戸戸どののの吾屋戸之
- 34若若わか木木ぎののの梅梅うめももも若木乃梅毛
- 35いまだいまだいまだ含含ふふめめめりりり未含有
現代語訳
〔786〕春の雨はしきりに降るのに、梅の花がまだ咲かないのは、とても若いからだろうか。
〔787〕夢のように思われることだ。ああ、いとしいあなたの使いが、たびたび通ってくるので。
〔788〕まだ若くて花の咲きにくい梅を植えて、人のうわさがうるさいので、思い悩んでいることだ。
〔789〕心も晴れずに思われることだ。春霞のたなびく時に、あなたからの言葉が届くので。
〔790〕春風のように、はっきり言葉に出したなら、このまま時がたって、今でなくても、あなたの思いのままに。
〔791〕奥山の岩陰に生える菅の根のように、ねんごろに私もお慕いしないことがありましょうか。
〔792〕春雨を待っているのであるらしい。わが家の若木の梅も、まだつぼみのままです。
意訳
藤原仲麻呂の子の久須麻呂が、家持の娘に求婚したらしい。家持は娘を梅の若木にたとえ、春雨が降っても梅がまだ咲かないのは若すぎるからだろうかと、娘がまだ幼いことをやんわり伝える。たびたび届く使いを夢のようだと喜びつつ、人のうわさを気にし、時がたてばあなたの思いのままにと答える。久須麻呂は、ねんごろにお慕いしていると答え、わが家の梅も春雨を待ってまだつぼみのままですと、時を待つ心を示している。巻第四はこの贈答で終わる。
語釈・文法注
文法・本文
- 情ぐく
- 原文「情八十一」は九九の八十一から「くく」と読ませる戯書。
- 含めり
- 「ふふむ」はつぼみのままである。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守などを務め、のちに中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残し、その編纂に深くかかわったとされる。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・786〜792番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 大伴家持と藤原久須麻呂とが交わした歌七首。
修辞
- 譬喩
- 梅の若木に、まだ幼い娘をたとえる。
- 序詞
- 791番の「奧山の磐蔭に生ふる菅の根の」が「ねもころ」を導く。
解説
原文の「八十一」を「くく」と読ませるのは、九九の掛け算を利用した有名な戯書である。久須麻呂の父の仲麻呂は、のちに反乱を起こして滅び、久須麻呂もその中で命を落とした。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、182頁(コマ95)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、195頁(コマ103)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日