万葉集 巻第四 741〜755番
夢の逢は
夢で逢うのは苦しい。目が覚めて手探りしても、手に触れないので。恋のために帯を三重に巻くほどやせた。私の恋は千人で引く石を七つ首にかけるほど重い。家持が坂上大嬢に贈った恋の歌十五首。
題詞更に大伴宿禰家持、坂上大孃に贈れる歌十五首
- 1夢夢いめののの逢逢あいははは夢之相者741
- 2苦苦くるしかりしかりしかりけりけりけり苦有家里
- 3覺覺おどろきききててて覺而
- 4かきかきかき探探さぐれれれどもどもども掻探友
- 5手手てにににももも觸觸ふれれれねねねばばば手二毛不所觸者
- 6一一ひと重重へのみのみのみ一重耳742
- 7妹妹いもががが結結むすばばばむむん妹之將結
- 8帶帶おびをををすらすらすら帶乎尙
- 9三三み重重へ結結むすぶぶぶべくべくべく三重可結
- 10吾吾わががが身身みはははなりなりなりぬぬぬ吾身者成
- 11吾吾わががが戀戀こいははは吾戀者743
- 12千千ち引引びきののの石石いしををを千引乃石乎
- 13七七ななばかりばかりばかり七許
- 14頸頸くびににに繫繫かけけけむむんももも頸二將繫母
- 15神神かみののの諸諸もろ伏伏ふし神之諸伏
- 16暮暮ゆうさらさらさらばばば暮去者744
- 17屋屋や戸戸ど開開あけけけ設設まけけけててて屋戸開設而
- 18吾吾われ待待またたたむむん吾將待
- 19夢夢いめににに相相あい見見みににに夢爾相見二
- 20來來こむむむととといふいふいう人人ひとををを將來云比登乎
- 21朝朝あさ夕夕よいににに朝夕二745
- 22見見みむむむ時時ときさへさへさへややや將見時左倍也
- 23吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹之
- 24見見みとととももも見見みぬぬぬ如如ごと雖見如不見
- 25なほなほなお戀戀こいしけしけしけむむん由戀四家武
- 26生生いけけけるるる世世よににに生有代爾746
- 27吾吾あはははいまだいまだいまだ見見みずずず吾者未見
- 28言言こと絕絕たえええててて事絕而
- 29斯斯かくくく何何おも怜怜しろくくく如是何怜
- 30縫縫ぬへへえるるる囊囊ふくろははは縫流囊者
- 31吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹兒之747
- 32形形かた見見みののの衣衣ころも形見乃服
- 33下下したににに著著きててて下著而
- 34直直ただににに逢逢あふふうまでまでまでははは直相左右者
- 35吾吾われ脫脫ぬがががめめめやもやもやも吾將脫八方
- 36戀戀こひひい死死しなななむむん戀死六748
- 37其其それももも同同おなじじじぞぞぞ其毛同曾
- 38何何なにせせせむむんににに奈何爲二
- 39人人ひと目目め他他ひと言言ごと人目他言
- 40辭辭こち痛痛たみみみ吾吾わががが爲爲せむむむ辭痛吾將爲
- 41夢夢いめにににだにだにだに夢二谷749
- 42見見みえええばばばこそこそこそあらあらあらめめめ所見者社有
- 43斯斯かくくくばかりばかりばかり如此許
- 44見見みえええずずずしししあるあるあるははは不所見有者
- 45戀戀こひひいててて死死しねねねとととかかか戀而死跡香
- 46思思おもひひい絕絕たえええ念絕750
- 47佗佗わびびびにににしししものものものををを和備西物尾
- 48なかなかなかなかなかなかににに中々爾
- 49何何なにかかか苦苦くるしくしくしく奈何辛苦
- 50相相あい見見み始始そめめめけむけむけん相見始兼
- 51相相あい見見みてててははは相見而者751
- 52幾幾いく日日かももも經經へぬぬぬををを幾日毛不經乎
- 53幾許幾許ここだくももも幾許久毛
- 54狂狂くるひひいににに狂狂くるひひい久流比爾久流必
- 55おもほゆるおもほゆるおもおゆるかもかもかも所念鴨
- 56斯斯かくくくばかりばかりばかり如是許752
- 57面面おも影影かげのみのみのみににに面影耳
- 58思思おもほほおえええばばば所念者
- 59如何如何いかにににかもかもかもせせせむむん何如將爲
- 60人人ひと目目め繁繁しげくくくててて人目繁而
- 61相相あい見見みてててははは相見者753
- 62須臾須臾しましく戀戀こいははは須臾戀者
- 63和和なぎぎぎむむんかかかととと奈木六香登
- 64思思おもへへえどどどいよよいよよいよよ雖念彌
- 65戀戀こひひいまさりまさりまさりけりけりけり戀益來
- 66夜夜よのののほどろほどろほどろ夜之穗杼呂754
- 67吾吾わががが出出いでででててて來來くれれればばば吾出而來者
- 68吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹子之
- 69おもへおもへおもえりりりしくししくししくし念有四九四
- 70面面おも影影かげににに見見みゆゆゆ面影二三湯
- 71夜夜よのののほどろほどろほどろ夜之穗杼呂755
- 72出出いでででつつつつつつ來來くらくらくらく出都追來良久
- 73遍遍たび多數多數まねくくく遍多數
- 74なれなれなればばば吾吾わががが胸胸むね成者吾胸
- 75截截たちちち燒燒やくくく如如ごとししし截燒如
現代語訳
〔741〕夢で逢うのは苦しいものだ。目が覚めて手探りしても、手にも触れないので。
〔742〕一重だけあなたが結ぶ帯でさえ、三重に結べるほどに、私の身はやせてしまった。
〔743〕私の恋は、千人で引く大石を七つも首にかけるほどの重さだ。神のおぼしめしで。
〔744〕夕方になったら、家の戸を開けて用意して私は待とう。夢で逢いに来るという人を。
〔745〕朝に夕に逢えるようになった時でさえ、あなたを見ても見ないように、やはり恋しく思うことだろう。
〔746〕生きているこの世で、私はまだ見たことがない。言いようもないほど、こんなにみごとに縫った袋は。
〔747〕あなたの形見の衣を下に着て、じかに逢うまでは、私は脱いだりするものか。
〔748〕恋い死にするのも同じことだ。どうして人目や人の噂をわずらわしく気にしたりしよう。
〔749〕せめて夢にでも見えるならまだよいのに。こんなにも見えないのは、恋い死にせよということか。
〔750〕思い切ってあきらめていたのに、なまじっか、どうして苦しい思いをして逢いはじめたのだろう。
〔751〕逢ってからまだ幾日もたたないのに、こんなにも、狂おしいほどに思われることよ。
〔752〕こんなに面影ばかりに思われるなら、どうしたらよいのだろう。人目が多くて逢えないのに。
〔753〕逢えば少しの間でも恋しさはやわらぐかと思ったが、いよいよ恋しさがまさってしまった。
〔754〕夜明け前に私が出て来ると、あなたが思い沈んでいた様子が、面影に見える。
〔755〕夜明け前に別れて出て来ることが、度重なると、私の胸は、切り裂かれ焼かれるようだ。
意訳
数年ぶりに再会した坂上大嬢に、家持は十五首の恋歌を贈った。夢で逢っても手に触れられない苦しさ、帯を三重に巻けるほどのやせ方、千人がかりの大石を首にかけたような恋の重さなど、誇張した表現で恋の苦しみを歌う。大嬢から贈られた袋や形見の衣への喜び、人目など気にしないという決意、逢えばかえって恋しさが増すという嘆きを経て、最後は、夜明け前の別れが重なると胸が裂かれ焼かれるようだと結んでいる。
語釈・文法注
文法・本文
- 千引の石
- 千人で引くほどの大きな石。
- 神の諸伏
- 神のはからいによるものとも、神の祭りに伏し拝むこととも解され、定説がない。
- 夜のほどろ
- 夜が明けはじめるころ。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守などを務め、のちに中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残し、その編纂に深くかかわったとされる。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・741〜755番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 大伴家持が坂上大嬢にさらに贈った歌十五首。
修辞
- 誇張
- 742番で帯を三重に巻くほどやせたと、743番で恋の重さを千引の石七つと誇張する。
解説
十五首は恋の始まりから共寝、別れの朝までを順にたどるように並べられ、若い家持の恋歌の集大成となっている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、178頁(コマ93)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、191頁(コマ101)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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