万葉集 巻第四 714〜720番
情には 思ひわたれど
心では思い続けているが、手だてがなく、よそながら嘆くばかり。佐保の河原の清い瀬を馬で渡って、いつ通って行けるだろう。思いがけず娘の笑顔を夢に見て、心の中で燃え続けている。家持が娘子に贈った恋の歌七首。
場面イラスト(準備中)
題詞大伴宿禰家持、娘子に贈れる歌七首
- 1情情こころにににははは情爾者714
- 2思思おもひひいわたれわたれわたれどどど思渡跡
- 3緣緣よしををを無無なみみみ緣乎無三
- 4外外よそのみのみのみにににしししててて外耳爲而
- 5嘆嘆なげきぞぞぞ吾吾わがががするするする嘆曾吾爲
- 6千千ち鳥鳥どり鳴鳴なくくく千鳥鳴715
- 7佐保佐保さほののの河河かは門門とののの佐保乃河門之
- 8清清きよききき瀨瀨せををを清瀨乎
- 9馬馬うまうちうちうち渡渡わたししし馬打和多思
- 10何何い時時つかかか通通かよははわむむん何時將通
- 11夜夜よる晝晝ひるととと夜晝716
- 12いふいふいう別別わき知知しらららににに云別不知
- 13吾吾わががが戀戀こふるふるうる吾戀
- 14こころこころこころははは蓋蓋けだししし情盖
- 15夢夢いめににに見見みえええきききややや夢所見寸八
- 16つれつれつれももも無無なくくく都禮毛無717
- 17あるあるあるらむらむらん人人ひとををを將有人乎
- 18片片かた思思もいににに獨念爾
- 19吾吾われはははおもへおもへおもえばばば吾念者
- 20わびしくわびしくわびしくもももあるあるあるかかか惑毛安流香
- 21思思おもははわぬぬぬににに不念爾718
- 22妹妹いもががが笑笑えまひひいををを妹之咲儛乎
- 23夢夢いめににに見見みててて夢見而
- 24心心こころのののうちうちうちににに心中二
- 25燃燃もえええつつつつつつぞぞぞ居居おるるる燎管曾呼留
- 26丈丈ます夫夫らおととと丈夫跡719
- 27おもへおもへおもえるるる吾吾われををを念流吾乎
- 28斯斯かくくくばかりばかりばかり如此許
- 29羸羸みつれれれににに羸羸みつれれれ三禮二見津禮
- 30片片かた思思もいををを爲爲せむむむ片思男責
- 31村村むら肝肝ぎもののの村肝之720
- 32情情こころ摧摧くだけけけててて情摧而
- 33斯斯かくくくばかりばかりばかり如此許
- 34吾吾わががが戀戀こふらくふらくうらくををを余戀良苦乎
- 35知知しらららずずずかかかあるあるあるらむらむらん不知香安類良武
現代語訳
〔714〕心では思い続けているけれど、手だてがないので、よそながら嘆いてばかりいることだ。
〔715〕千鳥の鳴く佐保川の渡り場の清い瀬を、馬を打って渡って、いつ通って行けるだろうか。
〔716〕夜も昼もわからなくなるほど私の恋い慕う心は、もしかしてあなたの夢に見えただろうか。
〔717〕つれなくしているであろう人を、片思いに私は思っているので、つらいことだ。
〔718〕思いがけず、あなたのほほえみを夢に見て、心の中で燃え続けていることだ。
〔719〕立派な男子だと思っている私が、こんなにもやつれにやつれて、片思いをするのだろうか。
〔720〕(村肝の)心も砕けるほど、こんなにも私が恋い慕っていることを、あの人は知らずにいるのだろうか。
意訳
若い家持が娘子に贈った七首である。手だてもなく遠くから嘆くばかりの恋、佐保川を渡って通いたい願い、夜も昼もない恋心が夢に通じたかという期待、つれない人への片思いのつらさ、夢に見たほほえみに燃える心、ますらおの自分がやつれ果てる情けなさ、心も砕けるほどの思いを相手は知らないだろうという嘆きと、恋の苦しみをさまざまに歌い分けている。
語釈・文法注
文法・本文
- 羸れに羸れ
- 「みつる」はやつれる。やつれにやつれて。
- 村肝の
- 「心」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守などを務め、のちに中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残し、その編纂に深くかかわったとされる。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・714〜720番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 大伴家持が娘子に贈った歌七首。
修辞
- 枕詞
- 720番の「村肝の」が「情」にかかる。
解説
719番の、ますらおを自負する自分がやつれるほど片思いをするという自嘲は、家持の恋歌によく見られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、176頁(コマ92)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、187頁(コマ99)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日