万葉集 巻第四 697〜699番
吾が聞に 繋けな言ひそ
私の耳に入るように、その名を口にしないでくれ。思い乱れているあの人の名を。春日野の雲のように恋しさは日ごとにつのり、川瀬の水のように後にでも逢おう。大伴像見の歌三首。
場面イラスト(準備中)
題詞大伴宿禰像見の歌三首
- 1吾吾わががが聞聞ききににに吾聞爾697
- 2繫繫かけけけななな言言いひひいそそそねねね繫莫言
- 3刈刈かり薦薦こもののの刈薦之
- 4亂亂みだれれれててて念念おもふふう亂而念
- 5君君きみががが正正ただ香香かぞぞぞ君之直香曾
- 6春日春日かすが野野ぬににに春日野爾698
- 7朝朝あさ居居いるるる雲雲くもののの朝居雲之
- 8しくしくしくしくしくしくににに敷布二
- 9吾吾あははは戀戀こひひいまさるまさるまさる吾者戀益
- 10月月つきににに日日ひににに日日けににに月二日二異二
- 11一一ひと瀨瀨せにににははは一瀨二波699
- 12千千ち遍遍たび障障さわらひらひらい千遍障良比
- 13逝逝ゆくくく水水みずののの逝水之
- 14後後のちにににももも逢逢あははわむむん後毛將相
- 15今今いまならならならずずずともともとも今爾不有十方
現代語訳
〔697〕私の耳に入るように、その名を言わないでくれ。(刈薦の)思い乱れているあの人の、その姿を。
〔698〕春日野に朝かかる雲のように、しきりに私は恋しさがまさる。月ごと日ごとに。
〔699〕一つの瀬では何度も障害にぶつかって流れていく水のように、後にでも逢おう。今でなくても。
意訳
697番は、恋しい人の名を聞くとますます心が乱れるので、自分の前でその人のことを言わないでくれと頼む。698番は、春日野の雲が重なるように恋しさが日ごとにつのると歌う。699番は、川の水が瀬で何度もさえぎられながらもやがて合流するように、今は無理でもいつかは逢おうと誓っている。
語釈・文法注
文法・本文
- 正香
- 「ただか」はその人そのもの、本人の様子。
- しくしくに
- しきりに、重ねて。
和歌
- 作者
- 大伴像見(生没年未詳)
奈良時代の官人。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・697〜699番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 大伴像見の歌三首。
修辞
- 序詞
- 698番の「春日野に朝居る雲の」が「しくしくに」を、699番の「一瀨には千遍障らひ逝く水の」が「後にも逢はむ」を導く。
解説
699番の川の水の比喩は、のちに崇徳院の「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ」(百人一首77番)と同じ発想として注目される。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、175頁(コマ91)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、184頁(コマ98)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日