万葉集 巻第四 673〜674番
眞十鏡 磨ぎし心を
鏡のように磨きすました心を許してしまったら、後で何を言っても甲斐があるだろうか。あれこれ前から言ってはいても、逢ってからこそ後悔するものだという。坂上郎女の歌二首。
場面イラスト(準備中)
題詞大伴坂上郎女の歌二首
現代語訳
〔673〕(眞十鏡)磨きすました心を許してしまったら、後になって何を言っても、甲斐があるでしょうか。
〔674〕(眞玉つく)あれこれと前々から言葉は言うけれど、逢ってからこそ、後悔はあるものだと言います。
意訳
恋の相手に心を許す前の、慎重な女心を歌う。一度心を許してしまえば、後で何を言っても取り返しがつかない。先々のことをいろいろ約束しても、結ばれた後になって悔やむものだと人は言う、とためらっている。
語釈・文法注
文法・本文
- 眞玉つく
- 玉を緒に通すことから、「をち(緒)」にかかる枕詞。
- 言は
- 原文「言齒五十戶常」の「五十戶」は「い(へ)」の戯書。
和歌
- 作者
- 大伴坂上郎女(生没年未詳)
大伴安麻呂の娘で、旅人の異母妹。家持の叔母で、のちに姑となった。万葉集の女性歌人のうち最も多くの歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・673〜674番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 大伴坂上郎女の歌二首。
修辞
- 枕詞
- 「眞十鏡」「眞玉つく」。
解説
原文の「五十戸」は里(五十戸で一里)の意から「いへ」と読ませる戯書。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、171頁(コマ89)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、181頁(コマ96)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日