万葉集 巻第四 656〜661番
吾のみぞ 君には戀ふる
私だけがあなたを恋しく思っているのだ。恋しいと言うのは口先の慰めでしょう。唐棣花色のように変わりやすい私の心だろうか。恋しく思い続けてやっと逢えた時だけでも、優しい言葉を尽くしてください。坂上郎女の恋の歌六首。
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題詞大伴坂上郎女の歌六首
- 1吾吾われのみのみのみぞぞぞ吾耳曾656
- 2君君きみにににははは戀戀こふるふるうる君爾者戀流
- 3吾吾わが背背せ子子こががが吾背子之
- 4戀戀こふふうととといふいふいうことことことははは戀云事波
- 5言言ことののの慰慰なぐさぞぞぞ言乃名具左曾
- 6思思おもははわじじじととと不念常657
- 7言言いひひいてててしししものものものををを日手師物乎
- 8唐唐はね棣棣ず花花いろ翼酢色之
- 9色色いろののの變變うつろひひいやすきやすきやすき變安寸
- 10わわわががが心心こころかもかもかも吾意可聞
- 11おもへおもへおもえどもどもども雖念658
- 12驗驗しるしもももなしなしなしととと知僧裳無跡
- 13知知しるるるものものものををを知物乎
- 14いかにいかにいかに幾許幾許ここだく奈何幾許
- 15吾吾わががが戀戀こひひいわたるわたるわたる吾戀渡
- 16あらかじめあらかじめあらかじめ豫659
- 17人人ひと言言ごと繁繁しげししし人事繁
- 18斯斯かくくくしししあらあらあらばばば如是有者
- 19しゑしゑしえややや吾吾わが背背せ子子こ四惠也吾背子
- 20奧奧おくももも如何如何いかにににあらあらあらめめめ奥裳何如荒海藻
- 21汝汝なをををととと吾吾あををを汝乎與吾乎660
- 22人人ひとぞぞぞ離離さくくくなるなるなる人曾離奈流
- 23いでいでいで吾吾わが君君きみ乞吾君
- 24人人ひとののの中中なか言言ごと人之中言
- 25聞聞ききききたつたつたつなななゆめゆめゆめ聞起名湯目
- 26戀戀こひひい戀戀こひひいててて戀戀而661
- 27逢逢あへへえるるる時時ときだにだにだに相有時谷
- 28愛愛うつくしきしきしき愛寸
- 29言言こと盡盡つくしししてててよよよ事盡手四
- 30長長ながくくくととと念念おもははわばばば長常念者
現代語訳
〔656〕私だけがあなたを恋しく思っているのです。あなたが恋しいと言うことは、口先だけの慰めですよ。
〔657〕もう思うまいと言ってしまったのに、唐棣花の色のように変わりやすい私の心であることよ。
〔658〕思っても甲斐がないと知っているのに、どうしてこんなにも私は恋い続けるのだろう。
〔659〕始めから人のうわさがうるさい。こんなことでは、ええ、あなた、この先どうなることでしょう。
〔660〕あなたと私とを、人が引き離そうとするようです。さあ、あなた、人の中傷を決して聞き入れないでください。
〔661〕恋しく思い続けてやっと逢えた時だけでも、優しい言葉を言い尽くしてください。長く続けたいと思うなら。
意訳
坂上郎女の恋の歌六首である。恋しいと言うのは口先だけで、本当に恋しいのは私の方だとすね、もう思うまいと決めたのに心が変わりやすいと嘆き、甲斐がないと知りながら恋い続ける。人のうわさに先行きを案じ、中傷を聞き入れないでと頼み、最後は、逢えた時だけでも優しい言葉を尽くしてほしいと訴える。恋の心の揺れを、多彩に描き分けている。
語釈・文法注
文法・本文
- 言の慰
- 言葉の上だけの慰め。
- 唐棣花
- 「はねず」は薄紅色の花。その色は褪せやすい。
- しゑや
- ええ、ままよ。
和歌
- 作者
- 大伴坂上郎女(生没年未詳)
大伴安麻呂の娘で、旅人の異母妹。家持の叔母で、のちに姑となった。万葉集の女性歌人のうち最も多くの歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・656〜661番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 大伴坂上郎女の恋の歌六首。
修辞
- 序詞
- 657番の「唐棣花色の」が「變ひやすき」を導く。
解説
坂上郎女の恋歌には、実際の恋のほか、題を設けて詠んだ創作的な歌も多いとされる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、169頁(コマ88)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、179頁(コマ95)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日