万葉集 巻第四 581〜584番
生きてあらば
生きているからこそ逢いたいと思うのに、どうして「死ぬよ」とあなたは夢に現れたのか。春日山の雲のように、絶え間なく見たいと思うあなた。若い家持に答えた坂上大嬢の歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞大伴坂上家の大孃、大伴宿禰家持に報へ贈れる歌四首
- 1生生いきききてててあらあらあらばばば生而有者581
- 2見見みまくまくまくももも知知しらららににに見卷毛不知
- 3何何なにしかしかしかももも何如毛
- 4死死しなななむむんよよよ妹妹いもととと將死與妹常
- 5夢夢いめににに見見みえええつるつるつる夢所見鶴
- 6丈丈ます夫夫らおももも丈夫毛582
- 7斯斯かくくく戀戀こひひいけるけるけるををを如此戀家流乎
- 8手手た弱弱わや女女めののの幼婦之
- 9戀戀こふるふるうる情情こころににに戀情爾
- 10比比たぐへへえらららめめめやもやもやも比有目八方
- 11鴨鴨つき頭頭くさ草草くさののの月草之583
- 12變變うつろひひいやすくやすくやすく徙安久
- 13思思おもへへえかもかもかも念可母
- 14我我わががが念念おもふふう人人ひとののの我念人之
- 15言言ことももも告告つげげげ來來こぬぬぬ事毛告不來
- 16春日春日かすが山山やま春日山584
- 17朝朝あさ立立たつつつ雲雲くもののの朝立雲之
- 18居居いぬぬぬ日日ひ無無なくくく不居日無
- 19見見みまくまくまくのののほしきほしきほしき見卷之欲寸
- 20君君きみにににもももあるあるあるかもかもかも君毛有鴨
現代語訳
〔581〕生きていれば逢えるかもしれないのに、どうして「死んでしまいそうだ、あなた」と、あなたは夢に現れたのでしょう。
〔582〕ますらおでも、こんなに恋しく思ったというのに、か弱い女の恋する心に、比べられるでしょうか。
〔583〕つき草のように色の移りやすい心だと思っているからでしょうか、私の思う人は、言葉もよこしてこない。
〔584〕春日山に朝立つ雲がかからない日がないように、毎日でも見たいと思うあなたであることよ。
意訳
若い家持から恋の歌を贈られた坂上大嬢が答えた四首である。581番は、生きていれば逢えるのに、どうして死にそうだなどと夢に現れたのかと問う。582番は、男のあなたもこれほど恋したというが、女の私の恋心とは比べものにならないと返す。583番は、私の心が移ろいやすいと思っているから便りもくれないのかと恨み、584番は、春日山の雲のように毎日でも逢いたいと素直に歌っている。
語釈・文法注
文法・本文
- 見まくも知らに
- 逢えるかどうかもわからないのに、の意とも、逢えるのに、の意ともいう。
- 鴨頭草
- 「つきくさ」はツユクサ。色が移りやすい。
和歌
- 作者
- 坂上大嬢(生没年未詳)
大伴坂上郎女の長女。従兄の大伴家持の妻となった。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・581〜584番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 大伴坂上家の大嬢が、大伴家持に答えて贈った歌四首。
修辞
- 序詞
- 583番の「鴨頭草の」が「變ひやすく」を、584番の「春日山朝立つ雲の」が「居ぬ日無く」を導く。
解説
家持と坂上大嬢の若いころの恋の贈答で、二人はのちに夫婦となる。大嬢の歌は、母の坂上郎女が代作したとみる説もある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、161頁(コマ84)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、169頁(コマ90)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日