万葉集 巻第四 574〜575番
此間に在りて
ここ都にいて、筑紫はどちらの方かと思うと、白雲のたなびく山の方であるらしい。草香江の入江で餌をあさる鶴のように、私も友がいなくてたどたどしい。沙弥満誓に答えた大伴旅人の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞大納言大伴卿の和ふる歌二首
現代語訳
〔574〕ここ都にいて、筑紫はどちらだろうと思うと、白雲のたなびく山の方であるらしい。
〔575〕草香江の入江で餌をあさる葦辺の鶴のように、ああ、たどたどしく心細いことだ。友もいなくて。
意訳
都に帰った旅人は、沙弥満誓の歌に答えて、筑紫はあの白雲のたなびく山の向こうだろうかと、遠い大宰府をしのぶ。575番は、鶴(たづ)の音から「たづたづし(心細い)」を導き、友のいない都での心細さを訴えている。
語釈・文法注
文法・本文
- たづたづし
- おぼつかない、心細い。
- 求食る
- 「あさる」は餌を探す。
和歌
- 作者
- 大伴旅人(665–731)
大伴安麻呂の子で、家持の父。大宰帥として筑紫に赴任し、山上憶良らと筑紫歌壇を形づくった。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・574〜575番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 大納言の大伴旅人が、572・573番の沙弥満誓の歌に答えた歌二首。
修辞
- 序詞
- 575番の「草香江の入江に求食る蘆鶴の」が同音の「たづたづし」を導く。
解説
草香江は河内国(大阪府東大阪市)の入江。旅人は都に帰った翌年に亡くなっており、晩年の孤独がにじむ歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、160頁(コマ84)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、168頁(コマ90)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日