古典ライブラリー

万葉集 巻第四 513番

大原の この市柴の

志貴皇子(しきのみこ)

大原のこの市柴のように、いつになったら逢えるかと私が思っていた妻に、今夜は逢えたことだ。待ちこがれた人に逢えた喜びを歌う志貴皇子の歌。

夜の柴垣の陰で、若い皇子が恋人と向き合い、うれしそうにほほえんでいる

題詞志貴皇子の御歌一首

  1. 1大原おほはら大原おほはらおおはらののの大原之
  2. 2このこのこの市いち市いちいち柴しば柴しばしばののの此市柴乃
  3. 3何い何いい時つ時つつしかしかしかととと何時鹿跡
  4. 4吾わ吾わわががが念おも念おもおもふふう妹いも妹いもいもににに吾念妹爾
  5. 5今こ今ここ夜よひ夜よひよい逢あ逢ああへへえるるるかもかもかも今夜相有香裳

引用の仕方

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現代語訳

大原のこの市柴(いちしば)のように、いつになったら(逢えるか)と私が思っていた妻に、今夜は逢えたことだ。

意訳

大原の柴の「いち」という音から「いつしか(いつになったら)」を導き、待ちこがれていた恋人についに逢えた喜びを歌う。柴が茂る大原の里で、ようやく思いを遂げた夜の歌である。

語釈・文法注

文法・本文

市柴
よく茂った柴とも、地名ともいう。

和歌

作者
志貴皇子(?–716)
天智天皇の皇子。皇位争いから離れて過ごした。子の白壁王が光仁天皇となった。
出典
『万葉集』巻第四・相聞・513番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
志貴皇子の歌。

修辞

序詞
「大原のこの市柴の」が同音の「何時しか」を導く。

解説

大原は明日香村小原のあたりとされる。志貴皇子の清らかな歌風は、恋の歌にも表れている。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、151頁(コマ79)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、157頁(コマ84)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日