万葉集 巻第四 501〜503番
未通女等が 袖振山の
布留山の神垣が古いように、ずっと昔から私はあの人を思ってきた。夏野の鹿の角のように短い間も、妻の心を忘れはしない。旅立つ騒ぎで、妻に言葉もかけずに来てしまったのがつらい。人麻呂の歌三首。
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題詞柿本朝臣人麻呂の歌三首
- 1未未お通通と女女め等等らががが未通女等之501
- 2袖袖そで振振ふる山山やまののの袖振山乃
- 3瑞瑞みず籬籬かきののの水垣之
- 4久久ひさしきしきしき時時ときゆゆゆ久時從
- 5思思おもひひいききき吾吾われははは憶寸吾者
- 6夏夏なつ野野ぬ行行ゆくくく夏野去502
- 7牡牡お鹿鹿じかののの角角つぬののの小牡鹿之角乃
- 8束束つかののの間間まももも束間毛
- 9妹妹いもががが心心こころををを妹之心乎
- 10忘忘わすれれれててて念念おもへへえややや忘而念哉
- 11珠珠たま衣衣きぬののの珠衣乃503
- 12さゐさゐさゐさゐさいさいしづみしづみしずみ狹藍左謂沈
- 13家家いえののの妹妹いもににに家妹爾
- 14ものものもの言言いははわずずず來來きててて物不語來而
- 15思思おもひひいかねかねかねつつつももも思金津裳
現代語訳
〔501〕乙女たちが袖を振る布留山の神垣のように、古く久しい時から、私はあの人を思ってきた。
〔502〕夏の野を行く牡鹿の角が短いように、ほんの束の間も、妻の心を忘れたりするだろうか。
〔503〕玉の衣がさやさやと鳴るような旅立ちの騒ぎが静まって、家の妻に言葉もかけずに来てしまい、思いに耐えられないことだ。
意訳
501番は、石上の布留の神社の古い神垣にたとえて、ずっと昔からあの人を思ってきたと歌う。502番は、夏の鹿の生えたばかりの短い角に「束の間」をたとえ、ほんの少しの間も妻を忘れないと歌う。503番は、旅立ちのあわただしさの中で、妻にろくに声もかけずに出てきてしまったことを悔やむ歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 袖振山
- 布留山(奈良県天理市)。乙女が袖を振ることから「ふる」にかける。
- さゐさゐしづみ
- 衣ずれの音のようなざわめきが静まって。
和歌
- 作者
- 柿本人麻呂(生没年未詳(7世紀後半〜8世紀初め))
持統天皇・文武天皇の時代に宮廷に仕えた歌人。 - 出典
- 『万葉集』巻第四・相聞・501〜503番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 柿本人麻呂の恋の歌三首。
修辞
- 序詞
- 501番の「未通女等が袖振山の瑞籬の」が「久しき」を、502番の「夏野行く牡鹿の角の」が「束の間」を、503番の「珠衣の」が「さゐさゐ」を導く。
解説
三首とも序詞を用いて、具体的な景物から心情へと移る人麻呂らしい構成である。502番の夏の鹿の角の比喩は特に印象的である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、149頁(コマ78)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、155頁(コマ83)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日