万葉集 巻第三 443〜445番
天雲の 向伏す國の
立派な武人と言われた丈部龍麻呂は、母や妻子に見送られて都へ仕えに出た。母は神に無事を祈って帰りを待っていたのに、龍麻呂は難波で、自ら命を絶ってしまった。部下の死を悼む大伴三中の歌。
題詞天平元年己巳、攝津國の班田の史生丈部龍麻呂が自ら經死せし時、判官大伴宿禰三中の作れる歌一首并に短歌
- 1天天あま雲雲ぐもののの向向むか伏伏ぶすすす國國くにののの天雲之 向伏國443 長歌
- 2武武ます士士らおととと云云いははわれれれししし人人ひとははは武士登 所云人者
- 3皇皇すめ祖祖ろぎののの神神かみののの御御み門門かどににに皇祖 神之御門爾
- 4外外と重重のへににに立立たちちち候候さもらひひい外重爾 立候
- 5內內うち重重のえににに仕仕つかへへえ奉奉まつりりり內重爾 仕奉
- 6玉玉たまかづらかづらかずらいやいやいや遠遠とお長長ながくくく玉葛 彌遠長
- 7祖祖おやののの名名なももも繼繼つぎぎぎゆくゆくゆくものものものととと祖名文 繼往物與
- 8母母おも父父ちちににに妻妻つまににに子子こ等等どもににに母父爾 妻爾子等爾
- 9語語かたらひらひらいててて立立たちちちにににししし日日ひよりよりより語而 立西日從
- 10垂垂たら乳乳ち根根ねののの母母ははののの命命みことははは帶乳根乃 母命者
- 11齋齋いわい瓮瓮べををを前前まえににに坐坐すゑゑえ置置おきききててて齋忌戸乎 前坐置而
- 12一一ひと手手てにににははは木綿木綿ゆう取取とりりり持持もちちち一手者 木綿取持
- 13一一ひと手手てにににははは和和にき細細た布布へ奉奉まつりりり一手者 和細布奉
- 14平平たいらららけくけくけくままま幸幸さきくくく坐坐ませせせととと平 間幸座與
- 15天天あめ地地つちののの神祇神祇かみににに乞乞こひひい禱禱のみみみ天地乃 神祇乞禱
- 16如何如何いかならならならむむん歲歲とし月月つき日日ひにににかかか何在 歲月日香
- 17茵茵つつじ花花ばな香香におへへえるるる君君きみががが茵花 香君之
- 18牛牛くろ留留と鳥鳥りのののなづさひなづさひなずさい來來こむむむととと牛留鳥 名津匝來與
- 19立立たちちちてててゐゐいててて待待まちちちけむけむけん人人ひとははは立居而 待監人者
- 20王王おおきみののの命命みこと恐恐かしこみみみ王之 命恐
- 21押押おし光光てるるる難波難波なにわののの國國くにににに押光 難波國爾
- 22あらあらあらたまたまたまののの年年とし經經ふるるるまでまでまでににに荒玉之 年經左右二
- 23白白しろ妙妙たえののの衣衣ころも手手で干干ほさささずずず白栲 衣不干
- 24朝朝あさ夕夕よいににに在在ありりりつるつるつる君君きみははは朝夕 在鶴公者
- 25いかさまいかさまいかさまににに念念おもひひい坐坐ませせせかかか何方爾 念座可
- 26現現うつ身身せみののの惜惜おしきしきしきこのこのこの世世よををを欝蟬乃 惜此世乎
- 27露露つゆ霜霜じもののの置置おきききててて往往いにににけむけむけん時時ときならならならずずずしししててて露霜 置而往監 時爾不在之天
- 28昨日昨日きのうこそこそこそ昨日社444 反歌
- 29君君きみははは在在ありりりしかしかしか公者在然
- 30思思おもははわぬぬぬににに不思爾
- 31濱濱はま松松まつののの上上うえににに濱松之於
- 32雲雲くもととと棚棚たな引引びくくく雲棚引
- 33いついついつしかしかしかととと何時然跡445 反歌
- 34待待まつつつらむらむらん妹妹いもににに待牟妹爾
- 35玉玉たま梓梓ずさののの玉梓乃
- 36言言ことだにだにだに告告つげげげずずず事太爾不告
- 37往往いにににししし君君きみかもかもかも徃公鴨
現代語訳
〔443〕(天雲の向伏す國の)立派な武人と言われた人は、皇祖の神の御門に、外の門では立って護り、内の門ではお仕えして、(玉かづら)いよいよ遠く長く、先祖の名も継いでいくものだと、母や父に、妻や子に語って、旅立った日から、(垂乳根の)母上は、斎瓮を前に据えて、片手には木綿を取り持ち、片手には和妙を捧げ、無事で達者でいてほしいと、天地の神々に祈り願って、いつの年の、いつの月日にか、(茵花)美しく照り映えるわが子が、(牛留鳥の)波にもまれながら帰ってくるかと、立ったり座ったりして待っていたであろうに、その人は、大君のご命令をかしこんで、(押光る)難波の国で、(あらたまの)年を経るまで、(白妙の)衣の袖も干さずに、朝夕に勤めていた君は、何を思われたのか、(現身の)惜しいこの世を、(露霜の)置いて去ってしまったのだろう。時ならぬうちに。
〔444〕昨日こそ、君は生きていたのに。思いがけず、今日は浜松の上に雲となってたなびいている。
〔445〕いつ帰るかと待っているであろう妻に、(玉梓の)言葉さえ告げずに、去ってしまった君よ。
意訳
天平元年(729)、摂津国の班田(田の分配)の仕事についていた下級役人の丈部龍麻呂が、自ら首をくくって死んだ。上役の大伴三中は、龍麻呂が立派な武人として先祖の名を継ぐと家族に約束して都へ出てきたこと、故郷の母が神に祈って帰りを待っていたことを思い、何を思って命を絶ったのかと嘆く。反歌では、昨日まで生きていた人が火葬の煙となって浜松の上にたなびくさまと、妻に一言も告げずに去った龍麻呂を悲しんでいる。
語釈・文法注
文法・本文
- 天雲の向伏す國
- 天雲が遠く地平に伏す果ての国。東国をいう。
- 外重・內重
- 宮城の外側の門と内側の門。
- 牛留鳥
- 「くろとり」は水鳥の名とされ、「なづさひ」にかかる。
和歌
- 作者
- 大伴三中(生没年未詳)
奈良時代の官人。摂津の班田司の判官、遣新羅副使などを務めた。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・挽歌・443〜445番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 天平元年(729)、摂津国の班田の史生、丈部龍麻呂が自ら首をくくって死んだときに、判官の大伴三中が詠んだ長歌と反歌二首。
修辞
- 対句
- 「外重に立ち候ひ」と「內重に仕へ奉り」、「一手には木綿取り持ち」と「一手には和細布奉り」。
- 枕詞
- 「玉かづら」「垂乳根の」「押光る」「あらたまの」「白妙の」「現身の」「露霜の」「玉梓の」。
解説
下級役人の自殺を、その上役が悼んだ珍しい歌である。龍麻呂は東国出身で、衛士として都に仕えた後、班田の仕事に就いていたらしい。仕事の重圧があったのか、死の理由はわからない。家族の思いを細やかに描いて、ひとりの役人の死を深く悲しんでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、121頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、125頁(コマ68)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日