古典ライブラリー

万葉集 巻第三 405番

春日野に

佐伯赤麻呂(さえきのあかまろ)

春日野に粟を蒔いてあったなら、鹿を待ちに毎日でも通っていくのに、神の社が止めることだ。404番の娘子の歌に、赤麻呂が言い返した歌。

春日野の畑のほとりで、男が鹿を待つふりをして、神社の森の方をうかがっている

題詞佐伯宿禰赤麻呂、更に贈れる歌一首

  1. 1春日かすが春日かすがかすが野ぬ野ぬぬににに春日野爾
  2. 2粟あは粟あはあわ蒔ま蒔ままけけけりりりせせせばばば粟種有世伐
  3. 3鹿しし鹿しししし待ま待ままちちちににに待鹿爾
  4. 4繼つ繼つつぎぎぎててて行ゆ行ゆゆかかかましましましををを繼而行益乎
  5. 5社やしろ社やしろやしろししし留とど留とどとどむるむるむる社師留焉

引用の仕方

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現代語訳

春日野に粟を蒔いてあったなら、鹿を待ちに毎日でも続けて通っていくだろうに。神の社が止めることだ。

意訳

娘子の歌を受けて、赤麻呂は、もし春日野に粟が蒔いてあったなら、鹿を待つという口実で毎日でも通っていくのに、神の社(夫)が邪魔をすると嘆く。娘子のたとえをそのまま使って、未練を訴えている。

語釈・文法注

文法・本文

社し留むる
「し」は強め。社が止めることだ。

和歌

作者
佐伯赤麻呂(生没年未詳)
伝未詳。巻第四にも娘子との贈答がある。
出典
『万葉集』巻第三・譬喩歌・405番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
404番の娘子の歌に、佐伯赤麻呂がさらに贈った歌。

修辞

譬喩
鹿を待つことに、娘子のもとへ通うことをたとえる。

解説

粟畑に来る鹿を待つ「鹿待ち」は、夜通し畑の番をすることで、恋人のもとへ通う口実にたとえている。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、115頁(コマ61)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、117頁(コマ64)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日