万葉集 巻第三 312番
昔こそ 難波田舍と
昔こそ難波は田舎と言われたであろうが、今は都を移して、すっかり都らしくなったことだ。難波宮の造営を指揮した藤原宇合の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞式部卿藤原宇合卿、難波堵を改め造らしめらるる時、作れる歌一首
現代語訳
昔こそ難波は田舎と言われたであろうが、今は都を移して、都らしくなったことだ。
意訳
藤原宇合は、聖武天皇の命を受けて難波宮の改造を指揮した。昔は難波も田舎と言われていたが、今は都の機能を移して、すっかり都らしく整ったと、自らの仕事の成果を誇らしげに歌っている。
語釈・文法注
文法・本文
- 言はれけめ
- 「けめ」は過去推量「けむ」の已然形。「こそ」の結びで、逆接で下に続く。
- 京引き
- 都を引き移すこと。
和歌
- 作者
- 藤原宇合(694–737)
藤原不比等の三男で、式家の祖。遣唐副使、持節大将軍などを務め、難波宮の造営を指揮した。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・雑歌・312番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 神亀3年(726)、式部卿の藤原宇合が、難波宮の改造の責任者に任じられたときに詠んだ歌。
修辞
- 対比
- 「昔」と「今」、「田舍」と「都」を対比させる。
解説
難波宮は孝徳天皇の時代に造られた宮で、聖武天皇は副都としてこれを改造した。原文の「居中(ゐなか)」は「田舎」の当て字である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、101頁(コマ54)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、101頁(コマ56)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日