万葉集 巻第三 307〜309番
はた薄
久米の若子が住んでいたという三穂の石屋は、いくら見ても見飽きない。石屋は今もあるが、住んでいた人は永遠ではなかった。伝説の石屋を訪ねた僧の歌三首。
場面イラスト(準備中)
題詞博通法師、紀伊國に往き、三穗の石屋を見て作れる歌三首
- 1はたはたはた薄薄すすき皮爲酢寸307
- 2久米久米くめののの若若わく子子ごががが久米能若子我
- 3坐坐いましししけるけるける伊座家留
- 4三穗三穗みほののの石石いわ屋屋やははは三穗乃石室者
- 5見見みれれれどどど飽飽あかかかぬぬぬかもかもかも雖見不飽鴨
- 6常常とき磐磐はなすなすなす常磐成308
- 7石石いわ屋屋やははは今今いまももも石室者今毛
- 8有有ありりりけれけれけれどどど安里家禮騰
- 9住住すみみみけるけるける人人ひとぞぞぞ住家類人曾
- 10常常つねなかりなかりなかりけるけるける常無里家留
- 11石石いわ室室や戸戸とににに石室戸爾309
- 12立立たてててるるる松松まつののの樹樹き立在松樹
- 13汝汝なををを見見みれれればばば汝乎見者
- 14昔昔むかしののの人人ひとををを昔人乎
- 15相相あい見見みるるるごとしごとしごとし相見如之
現代語訳
〔307〕(はた薄)久米の若子が住んでおいでになった三穂の石屋は、いくら見ても見飽きないことだ。
〔308〕永遠に変わらない岩のような石屋は、今もあるけれど、そこに住んでいた人は、永遠ではなかったことだ。
〔309〕石屋の戸口に立っている松の木よ、お前を見ると、昔の人に会っているようだ。
意訳
紀伊国の三穂(今の和歌山県美浜町三尾)の海辺には、久米の若子という伝説の人物が住んだという岩屋があった。博通法師はそこを訪れ、岩屋は今も変わらずにあるのに、住んでいた人はもういないと、人の命のはかなさを嘆く。岩屋の前の松だけは、昔の人を見ていたであろうと、松に昔の人の面影を重ねている。
語釈・文法注
文法・本文
- はた薄
- 穂の出た薄の意で、「久米」にかかる枕詞とされる。
- 常磐なす
- 永遠に変わらない岩のように。
和歌
- 作者
- 博通法師(生没年未詳)
伝未詳の僧。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・雑歌・307〜309番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 博通法師が紀伊国へ行き、三穂の石屋を見て詠んだ歌三首。
修辞
- 対比
- 308番で、変わらない石屋と、はかない人の命とを対比させる。
- 擬人法
- 309番で、松に「汝」と呼びかける。
解説
久米の若子は、伝説上の人物で、顕宗天皇(来目稚子)のことかともいわれる。僧である作者らしく、無常の思いが三首を貫いている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、101頁(コマ54)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、101頁(コマ56)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日