古典ライブラリー

万葉集 巻第三 285番

栲領巾の

丹比笠麻呂(たじひのかさまろ)

口に出して言いたい妻の名を、この勢の山につけて「妹の山」と呼んだらどうだろう。紀伊の背の山を越えるとき、「背」に対して「妹」の名を思った戯れの歌。

紀ノ川のほとりの峠道で、旅の男が向かいの山を指さし、連れの男に話しかけている

題詞丹比眞人笠麻呂、紀伊國に往き勢の山を超ゆる時作れる歌一首

  1. 1栲たく栲たくたく領ひ領ひひ巾れ巾れれののの栲領巾乃
  2. 2懸か懸かかけけけまくまくまく欲ほ欲ほほしきしきしき懸卷欲寸
  3. 3妹いも妹いもいもががが名な名ななををを妹名乎
  4. 4此こ此ここののの勢せ勢せせののの山やま山やまやまににに此勢能山爾
  5. 5懸か懸かかけけけばばばいかにいかにいかにあらあらあらむむん懸者奈何將有

引用の仕方

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現代語訳

(栲領巾の)口にかけて言いたい妻の名を、この勢の山につけたらどうだろうか。

意訳

紀伊国の勢の山(背の山)は、「背」すなわち夫を意味する名を持つ。旅の途中でこの山を越える作者は、夫の名の山なら、恋しい妻の名をつけて「妹の山」と呼んでみたらどうだろうと戯れる。次の286番で、春日老がこれに答えている。

語釈・文法注

文法・本文

栲領巾の
白い領巾を首に懸けることから、「懸く」にかかる枕詞。
懸けまく欲しき
「懸く」は言葉に出して言う。口に出して言いたい。

和歌

作者
丹比笠麻呂(生没年未詳)
伝未詳。巻第四にも筑紫へ下るときの歌がある。
出典
『万葉集』巻第三・雑歌・285番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
丹比笠麻呂が紀伊国へ行く途中、勢の山(和歌山県かつらぎ町の背山)を越えるときに詠んだ歌。

修辞

掛詞
「懸く」に、領巾を懸けることと、名を口にかけることを重ねる。

解説

紀ノ川を挟んで背山と妹山が向かい合っており、二つの山を夫婦に見立てる歌が万葉集に多い。この歌と次の286番は、旅の一行の間で交わされた機知の応酬である。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、98頁(コマ53)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、97頁(コマ54)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日