万葉集 巻第三 284番
燒津邊に
焼津のあたりに私が行ったとき、駿河の阿倍の市への道で出会ったあの娘はどうしているだろう。旅先で出会った女性をなつかしく思い出す歌。
場面イラスト(準備中)
題詞春日藏首老の歌一首
現代語訳
焼津のあたりに私が行ったとき、駿河の阿倍の市への道で出会ったあの娘は、どうしているだろうか。
意訳
駿河の焼津に旅したときに、阿倍の市へ通う道で出会った娘を思い出して歌う。言葉を交わしたかどうかもわからない、ほんの一時の出会いであったろうが、旅の思い出の中にその娘の面影が残っている。結句の「はも」に、遠い記憶をなつかしむ気持ちがこもる。
語釈・文法注
文法・本文
- 兒らはも
- 「はも」は、目の前にいない人や物をしのぶ詠嘆。あの娘はどうしているだろう。
和歌
- 作者
- 春日老(生没年未詳)
僧弁紀が還俗して春日倉首老と名のった。大宝元年(701)に還俗し、のちに常陸介となった。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・雑歌・284番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 春日老が、駿河国の焼津のあたりを旅したときのことを思い出して詠んだ歌。
解説
阿倍の市は、今の静岡市の安倍川のほとりにあった市で、市は物の売り買いだけでなく、男女の出会いの場でもあった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、98頁(コマ53)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、97頁(コマ54)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日