古典ライブラリー

万葉集 巻第三 248番

隼人の 薩摩の迫門を

長田王(ながたのおおきみ)

隼人の住む薩摩の瀬戸を、雲の果てのように遠く、私は今日見たことだ。長田王が、筑紫からさらに南の薩摩の海峡をはるかに望んで詠んだ歌。

岬の上から、雲のかなたにかすむ南の海峡を、旅の貴人がはるかに見わたしている

題詞又、長田王の作れる歌一首

  1. 1隼はや隼はやはや人ひと人ひとひとののの隼人乃
  2. 2薩摩さつま薩摩さつまさつまののの迫せ迫せせ門と門ととををを薩摩乃迫門乎
  3. 3雲くも雲くもくも居ゐ居ゐいなすなすなす雲居奈須
  4. 4遠とほ遠とほとおくくくももも吾われ吾われわれははは遠毛吾者
  5. 5今日けふ今日けふきょう見み見みみつるつるつるかもかもかも今日見鶴鴨

引用の仕方

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現代語訳

隼人の住む薩摩の瀬戸を、雲のかなたのように遠く、私は今日見たことだ。

意訳

隼人は、九州南部に住み、朝廷に従いながらも独自の文化を保っていた人々である。都の人にとって薩摩は、まさに世界の果てであった。長田王は、その薩摩の海峡を、雲の果てのように遠くはるかに眺めた感慨を歌っている。

語釈・文法注

文法・本文

雲居なす
「雲居」は雲のあるところ、遠い空。雲の果てのように。

和歌

作者
長田王(?–737)
奈良時代前半の皇族。近江守・摂津大夫などを務めた。
出典
『万葉集』巻第三・雑歌・248番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
長田王が筑紫に遣わされたときに、薩摩の瀬戸(今の鹿児島県の黒之瀬戸)を望んで詠んだ歌。

解説

「隼人の」は薩摩にかかる枕詞のようにも働いている。都から遠く離れた辺境に立った感動を、「遠くも吾は今日見つるかも」と率直に表している。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、93頁(コマ50)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、92頁(コマ52)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日