万葉集 巻第二 171〜193番
高光る 我が日の皇子の
皇子が生きておられたら、島の宮はいつまでも栄えただろうに。草壁皇子に仕えた舎人たちが、主を失った悲しみを、島の宮と佐太の岡を舞台に詠みついだ二十三首。

題詞皇子尊の宮の舎人等、慟傷して作れる歌二十三首
- 1高高たか光光ひかるるる高光171
- 2我我わががが日日ひののの皇子皇子みこののの我日皇子乃
- 3萬代萬代よろずよににに萬代爾
- 4國國くに知知しらららさささましましまし國所知麻之
- 5島島しまののの宮宮みやはははももも島宮波母
- 6島島しまののの宮宮みや島宮172
- 7上上うえののの池池いけなるなるなる上池有
- 8放放はなちちち鳥鳥どり放鳥
- 9荒荒あらびびびななな行行ゆきききそそそ荒備勿行
- 10君君きみ坐坐まさささずずずともともとも君不座十方
- 11高高たか光光ひかるるる高光173
- 12わがわがわが日日ひののの皇子皇子みこののの吾日皇子乃
- 13坐坐いましししせせせばばば伊座世者
- 14島島しまののの御御み門門かどははは島御門者
- 15荒荒あれれれざらざらざらましましましををを不荒有益乎
- 16外外よそににに見見みししし外爾見之174
- 17眞弓眞弓まゆみののの岡岡おかももも檀乃岡毛
- 18君君きみ坐坐ませせせばばば君座者
- 19常常とこつつつ御御み門門かどととと常都御門跡
- 20するするするかもかもかも侍宿爲鴨
- 21夢夢いめにににだにだにだに夢爾谷175
- 22見見みざりざりざりしししものものものををを不見在之物乎
- 23鬱悒鬱悒おほほし鬱悒
- 24宮宮みや出出でもももするするするかかか宮出毛爲鹿
- 25佐日佐日さひののの隈隈くま回回みををを作日之隅回乎
- 26天地天地あめつちととと天地與176
- 27共共ともににに終終をへへへむむんととと共將終登
- 28念念おもひひいつつつつつつ念乍
- 29仕仕つかへへえまつりまつりまつりししし奉仕之
- 30情情こころ違違たがひひいぬぬぬ情違奴
- 31朝朝あさ日日ひ照照てるるる朝日弖流177
- 32ののの岡岡おか邊邊べににに佐太乃岡邊爾
- 33群群むれれれゐゐいつつつつつつ羣居乍
- 34吾吾わががが哭哭なくくく涙涙なみだ吾等哭淚
- 35やむやむやむ時時ときもももなしなしなし息時毛無
- 36御御み立立たちせせせししし御立爲之178
- 37島島しまををを見見みるるるときときとき島乎見時
- 38庭多泉
- 39ながるるながるるながるる涙涙なみだ流淚
- 40とめとめとめぞぞぞかねかねかねつるつるつる止曾金鶴
- 41橘橘たちばなののの橘之179
- 42島島しまののの宮宮みやにににははは島宮爾者
- 43飽飽あかかかねねねかもかもかも不飽鴨
- 44佐田佐田さだののの岡岡おか邊邊べににに佐田乃岡邊爾
- 45侍宿侍宿とのいしししににに行行ゆくくく侍宿爲爾往
- 46御御み立立たちせせせししし御立爲之180
- 47島島しまをををももも家家いえととと島乎母家跡
- 48住住すむむむ鳥鳥とりももも住鳥毛
- 49荒荒あらびびびななな行行ゆきききそそそ荒備勿行
- 50年年としかはるかはるかわるまでまでまで年替左右
- 51御御み立立たちせせせししし御立爲之181
- 52島島しまののの荒荒あり磯磯そををを島之荒礒乎
- 53今今いま見見みれれればばば今見者
- 54生生おひひいざりざりざりししし草草くさ不生有之草
- 55生生おひひいにににけるけるけるかもかもかも生爾來鴨
- 56立立たててて鳥塒立182
- 57飼飼かひひいししし鷹鷹かりののの兒兒こ飼之雁乃兒
- 58巣巣す立立だちちちなななばばば栖立去者
- 59眞弓眞弓まゆみののの岡岡おかににに檀崗爾
- 60飛飛とびびび歸歸かえりりり來來こねねね飛反來年
- 61吾吾わががが御御み門門かど吾御門183
- 62千千ち代代よ常常とこ磐磐とわににに千代常登婆爾
- 63榮榮さかえええむむんととと將榮等
- 64念念おもひひいてててありありありししし念而有之
- 65吾吾われししし悲悲かなしししももも吾志悲毛
- 66東東ひむがしののの東乃184
- 67瀧瀧たぎののの御御み門門かどににに多藝能御門爾
- 68侍侍さもらへへえどどど雖伺侍
- 69昨日昨日きのうももも今日今日きょうももも昨日毛今日毛
- 70召召めすすすことことこともももなしなしなし召言毛無
- 71水水みず傳傳つたふふう水傳185
- 72磯磯いそののの浦浦うら回回みののの礒乃浦回乃
- 73石乍自
- 74もくもくもく咲咲さくくく道道みちををを木丘開道乎
- 75またまたまた見見みなななむむんかもかもかも又將見鴨
- 76一日一日ひとひにににははは一日者186
- 77千千ち遍遍たび參參ま入入いりりりししし千遍參入之
- 78東東ひむがしののの東乃
- 79大大おおききき御御み門門かどををを大寸御門乎
- 80入入いりりり難難かてててぬぬぬかもかもかも入不勝鴨
- 81由縁由縁つれもももなきなきなき所由無187
- 82佐太佐太さだののの岡岡おか邊邊べににに佐太乃岡邊爾
- 83反反かえりりりゐゐいばばば反居者
- 84島島しまののの御御み階階はしににに島御橋爾
- 85誰誰たれかかか住住すまままはははむむん誰加住舞無
- 86旦覆188
- 87日日ひののの入入いりりりぬれぬれぬればばば日之入去者
- 88御御み立立たちせせせししし御立之
- 89島島しまににに下下おりりりゐゐいててて島爾下座而
- 90嘆嘆なげきききつるつるつるかもかもかも嘆鶴鴨
- 91あさあさあさ日日ひ照照てるるる旦日照189
- 92島島しまののの御御み門門かどににに島乃御門爾
- 93おほほしくおほほしくおほほしく鬱悒
- 94人人ひと音音おともももせせせねねねばばば人音毛不爲者
- 95まうらまうらもうらがなしがなしがなしももも眞浦悲毛
- 96眞眞ま木木き柱柱ばしら眞木柱190
- 97太太ふとききき心心こころははは太心者
- 98有有ありりりしかしかしかどどど有之香杼
- 99このこのこの吾吾わががが心心こころ此吾心
- 100しづめしづめしずめかねかねかねつつつももも鎭目金津毛
- 101毛毛け衣衣ごろもををを毛許呂裳遠191
- 102春春はる冬冬ふゆ片片かた設設まけけけ春冬片設而
- 103幸幸いでましししししし幸之
- 104宇陀宇陀うだののの大大おお野野ぬははは宇陀乃大野者
- 105思思おもほほおえええむむんかもかもかも所念武鴨
- 106朝朝あさ日日ひ照照てるるる朝日照192
- 107佐太佐太さだののの岡岡おかべべべににに佐太乃岡邊爾
- 108鳴鳴なくくく鳥鳥とりののの鳴鳥之
- 109夜夜よ鳴鳴なきききかはらふかはらふかわらう夜鳴變布
- 110このこのこの年年としごろごろごろををを此年己呂乎
- 111奴奴やつこららら八多籠良我193
- 112夜夜よる晝晝ひるととといはいはいわずずず夜晝登不云
- 113行行ゆくくく路路みちををを行路乎
- 114吾吾われはははことごとことごとことごと吾者皆悉
- 115宮宮みや道道じにににぞぞぞするするする宮道叙爲
現代語訳
〔171〕高く光るわが日の皇子が、いつまでも国をお治めになるはずだった島の宮よ。
〔172〕島の宮の上の池にいる放し飼いの鳥よ、荒れて離れていかないでおくれ。君がいらっしゃらなくても。
〔173〕高く光るわが日の皇子が生きておられたなら、島の宮の御門は荒れなかっただろうに。
〔174〕よそごととして見ていた真弓の岡も、君がいらっしゃるので、永久の御所として宿直をすることだ。
〔175〕夢にさえ見なかったことなのに、心晴れずに宮を出て通うことだ、佐日の曲がり角を。
〔176〕天地とともに、いつまでもお仕えしようと思っていたのに、その思いはかなわなくなってしまった。
〔177〕朝日の照る佐太の岡のあたりに群れて座り、私たちが泣く涙はやむ時もない。
〔178〕皇子がお立ちになった島を見ると、にわか雨の水たまりのように流れる涙を、とめることができない。
〔179〕橘の島の宮にはまだお仕えし足りないからか、佐田の岡のあたりにまで宿直をしに行く。
〔180〕皇子がお立ちになった島を家として住む鳥も、荒れて離れていかないでおくれ、年が改まるまでは。
〔181〕皇子がお立ちになった島の荒磯を今見ると、前には生えていなかった草が生えてしまったことだ。
〔182〕止まり木を立てて飼っていた鷹の子よ、巣立ったなら、真弓の岡に飛び帰って来ておくれ。
〔183〕わが御所は千代までも永久に栄えるだろうと思っていた、その私が悲しいことだ。
〔184〕東の滝の御門にお仕えしているけれど、昨日も今日もお召しになることもない。
〔185〕水の流れる磯のあたりの石つつじが一面に咲く道を、また見ることがあるだろうか。
〔186〕一日に千度も参上した東の大きな御門を、入ることができないでいることよ。
〔187〕ゆかりもない佐太の岡に帰って住んだなら、島の宮の御階には、いったい誰が住むのだろうか。
〔188〕朝曇りの日が暮れてしまうと、皇子がお立ちになった島に下りて座って、嘆いたことだ。
〔189〕朝日の照る島の御門に、ひっそりとして人の声もしないので、心から悲しいことだ。
〔190〕真木の柱のように太くしっかりした心はあったけれど、この私の心を、静めることができない。
〔191〕毛皮の衣を、春も冬も用意してお出かけになった宇陀の大野は、なつかしく思い出されることだろう。
〔192〕朝日の照る佐太の岡に鳴く鳥のように、夜通し鳴き続けているこの年月であることよ。
〔193〕下僕たちが夜昼かまわず行き来する道を、私はすべて宮への道としていることだ。
意訳
草壁皇子の死後、皇子に仕えた舎人たちは、皇子の住まいであった島の宮と、墓所のある佐太(真弓)の岡とのあいだを行き来しながら、主をしのんで歌を詠んだ。主のいない宮の荒れていくさま、池に残された鳥、皇子が狩りをした宇陀の野の思い出、墓所での宿直の日々。二十三首は、ひとりひとりの舎人の悲しみを、具体的な景物を通して積み重ねていく。宮廷の下級官人たちの、主への素朴で深い思慕が伝わってくる歌群である。
語釈・文法注
- 侍宿(とのゐ)
- 宮中や役所に泊まって番をすること。
- 鬱悒(おほほし)く
- 心が晴れずに、うっとうしく。
- 佐太(さだ)の岡
- 草壁皇子の墓所のある真弓の岡のあたり。奈良県高取町。
- 行潦(にはたづみ)
- 雨が降って地面にたまり流れる水。「ながるる」にかかる枕詞としても用いる。
- 鳥塒(とぐら)
- 鳥の止まり木、ねぐら。
- 石躑躅(いはつつじ)
- 岩の間に咲くツツジ。
- 旦覆(あさぐもり)
- 朝曇り。「日」にかかる枕詞。
- 片設けて
- その時期を待ち受けて、用意して。
- 奴(やつこ)ら
- 召し使い、身分の低い者たち。
文法・本文
- 國知らさまし
- 「まし」は反実仮想。国をお治めになったであろうに。
- 荒びな行きそ
- 「な…そ」は禁止。荒れて離れていかないでおくれ。
- 鷹の兒(本文)
- 『白文万葉集』は182番の原文を「飼之雁乃兒」とするが、底本の『新訓万葉集』は『万葉代匠記』によって「鷹」に改めて訓む。
- 左注
- 193番の後に「右、日本紀に曰く、三年己丑夏四月癸未朔乙未薨ず」とある。
和歌
- 作者
- 草壁皇子の舎人たち(689年)
皇太子草壁皇子(日並皇子尊)の宮に仕えていた舎人(近習の役人)たち。名は伝わらない。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・挽歌・171〜193番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 持統天皇3年(689)4月、皇太子の日並皇子尊(草壁皇子)が亡くなった後、皇子の宮に仕えていた舎人たちが、悲しみのあまり詠んだ二十三首。
修辞
- 反復
- 「御立せし島」「朝日照る佐太の岡邊」など、同じ句を何首にもわたってくり返し、歌群全体に統一感を与えている。
- 比喩
- 178番の「行潦」、190番の「眞木柱」など、身近な物を比喩に用いる。
解説
島の宮は、もとは蘇我馬子の邸宅で、池に島を築いた庭園で知られていた。のちに草壁皇子の宮となった。皇子の死後、舎人たちはこの島の宮と、墓所のある佐太の岡(真弓の岡)とに交代で宿直し、主の喪に服した。
二十三首は、宮廷の下級官人である舎人たちの作であり、皇族の挽歌や人麻呂の荘重な挽歌とは異なる、素朴で具体的な悲しみの表現が特徴である。主のいない池の鳥、草の生えた荒磯、宿直の夜の鳥の声など、日常の小さな変化に喪失を感じ取る歌いぶりは、人麻呂の167番の長歌と並べて読むことで、皇子の死の悲しみをより立体的に伝えている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、65頁(コマ36)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、60頁(コマ36)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日