万葉集 巻第二 129番
古りにし
すっかり年老いた老女になって、こんなにも恋に溺れるものだろうか、まるで幼い子どものように。年を重ねた石川女郎が、自分の恋をおかしみをこめて嘆く歌。

題詞大津皇子の宮の侍石川女郎、大伴宿禰宿奈麿に贈れる歌
現代語訳
すっかり年老いた老女になって、こんなにも恋に溺れるものだろうか。まるで幼い子どものように。
意訳
もう若くはない自分が、まるで幼い子どものように恋に夢中になっている。その姿を「年寄りのくせに」と自分で笑いながら、それでも抑えられない恋心を打ち明けている。自嘲とおかしみの中に、年齢を重ねても変わらない恋の情熱がのぞく。
語釈・文法注
- 嫗(おうな)
- 年をとった女性。
- 手童(たわらは)
- 手を引かれて歩くような幼い子ども。
文法・本文
- 嫗にしてや
- 「や」は反語・疑問。老女であって(このように恋に沈むだろうか)。
- 一云
- 「一に云ふ、恋をだに忍びかねてむ手童の如」という異伝がある。
- 宮の侍(本文)
- 底本は、題詞の原文を元暦校本によって「侍」とする。
和歌
- 作者
- 石川女郎(7世紀後半〜8世紀初め)
大津皇子の宮に仕えた女性。大伴宿奈麻呂(大伴安麻呂の子)にこの歌を贈った。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・相聞・129番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大津皇子の宮に仕えていた石川女郎が、大伴宿奈麻呂に贈った歌。
修辞
- 対比
- 「嫗」と「手童」という対照的な言葉を並べ、年に似合わない恋をおかしく表す。
解説
石川女郎と呼ばれる女性は、万葉集の中に何人も登場し、同一人物かどうかははっきりしない。この歌の女郎は大津皇子の宮に仕えていたとあり、107〜110番の石川郎女と同じ人物とみる説もある。
老女が幼子のように恋に溺れるという誇張した対比で、恋の思いの強さと、それを自分で笑う余裕とを同時に表している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、56頁(コマ32)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、51頁(コマ31)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日