古典ライブラリー

万葉集 巻第二 96〜100番

み薦苅る

久米禅師・石川郎女(くめのぜんじ・いしかわのいらつめ)

信濃の真弓を引くように、私があなたを誘ったら、上品ぶって断るだろうか。弓の縁語を重ねて恋の駆け引きを楽しむ、久米禅師と石川郎女の五首の問答。

弓を手にした若い男と、口元に手を添える女性が、庭先で笑い合っている
弓を手にした若い男と、口元に手を添える女性が、庭先で笑い合っている

題詞久米禅師、石川郎女を娉ひし時の歌五首

  1. 1みみみ苅か苅かかるるる水薦苅96(禅師)
  2. 2信濃しなぬ信濃しなぬしなぬののの眞ま眞まま弓ゆみ弓ゆみゆみ信濃乃眞弓
  3. 3吾わ吾わわががが引ひ引ひひかかかばばば吾引者
  4. 4うまうまうま人ひと人ひとひとさびさびさび宇眞人佐備而
  5. 5否いな否いないなととと言い言いいははわむむんかもかもかも不欲常將言可聞
  6. 6みみみ薦すず薦すずすず苅か苅かかるるる三薦苅97(郎女)
  7. 7信濃しなぬ信濃しなぬしなぬののの眞ま眞まま弓ゆみ弓ゆみゆみ信濃乃眞弓
  8. 8引ひ引ひひかかかずずずしてしてして不引爲而
  9. 9弦を弦をお著は著ははくるくるくるわざわざわざ強作留行事乎
  10. 10知し知ししるるるととと言い言いいははわなくなくなくににに知跡言莫君二
  11. 11梓あづさ梓あづさあずさ弓ゆみ弓ゆみゆみ梓弓98(郎女)
  12. 12引ひ引ひひかかかばばばまにまにまにまにまにまに引者隨意
  13. 13よらよらよらめめめどもどもども依目友
  14. 14後のち後のちのちののの心こころ心こころこころををを後心乎
  15. 15知し知ししりりりがてがてがてぬぬぬかもかもかも知勝奴鴨
  16. 16梓あづさ梓あづさあずさ弓ゆみ弓ゆみゆみ梓弓99(禅師)
  17. 17弦つら弦つらつらとりとりとり著は著ははけけけ都良絃取波氣
  18. 18引ひ引ひひくくく人ひと人ひとひとははは引人者
  19. 19後のち後のちのちののの心こころ心こころこころををを後心乎
  20. 20知し知ししるるる人ひと人ひとひとぞぞぞ引ひ引ひひくくく知人曾引
  21. 21東あづま東あづまあずま人びと人びとびとののの東人之100(禅師)
  22. 22ののの箱はこ箱はこはこののの荷向篋乃
  23. 23荷に荷ににののの緒を緒ををにににももも荷之緒爾毛
  24. 24妹いも妹いもいもががが心こころ心こころこころににに妹情爾
  25. 25乘の乘ののりりりにににけるけるけるかもかもかも乘爾家留香問

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔96 禅師〕(み薦苅る)信濃の真弓を引くように、私があなたを誘ったら、身分の高い人らしく上品ぶって、いやと言うでしょうか。

〔97 郎女〕(み薦苅る)信濃の真弓を引きもしないで、弦をかける方法を知っているなどとは言えませんでしょうに。

〔98 郎女〕梓弓を引くように誘われたら、そのままに寄りましょうけれど、あなたの後々の心はわかりませんね。

〔99 禅師〕梓弓に弦をかけて引く人は、後々の心も知っている人こそが引くのです。

〔100 禅師〕東国の人が納める初物の箱の荷の紐のように、あなたは私の心にしっかりと乗ってしまったなあ。

意訳

弓を引くことを、女性を誘うことにたとえた恋の問答である。禅師が「誘ったら断るだろうか」と探りを入れると、郎女は「誘いもしないで、わかったようなことを言わないで」とたしなめ、「誘われれば寄るけれど、あなたの心変わりが心配」と本心をのぞかせる。禅師は「後のことまで考えて誘うのだ」と誓い、最後に「あなたは私の心にしっかり乗ってしまった」と恋の成就を歌う。軽妙なやりとりの中に、恋の始まりのときめきがある。

語釈・文法注

み薦(すず)苅る
「信濃」にかかる枕詞。信濃は篠竹(すず)の多い国であったことから。
うま人さびて
身分の高い人らしく振る舞って。
弦著くるわざ
弓に弦をかける方法。転じて、女性を自分のものにする手だて。
荷前(のさき)
諸国から朝廷に献上する初物の貢ぎ物。

文法・本文

否と言はむかも(本文)
『白文万葉集』は原文を「不欲」とし、底本は金沢本によって「否と」と訓む。
弦著くるわざを(本文)
底本は、原文を『万葉代匠記』によって「強作留行事」と訓む。

和歌

作者
久米禅師・石川郎女(7世紀後半)
久米禅師は伝未詳の人物で、天智天皇の時代の人とみられる。石川郎女は同名の女性が万葉集に何人か登場し、同一人物かどうかははっきりしない。
出典
『万葉集』巻第二・相聞・96〜100番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第1期(629〜672年(舒明天皇の即位〜壬申の乱))
状況
久米禅師が石川郎女に求婚したときの五首の問答。天智天皇の時代の歌として置かれている。

修辞

縁語
「弓」「引く」「弦」「よる(寄る・縒る)」など、弓にかかわる言葉を重ねて恋の駆け引きを表す。
枕詞
「み薦苅る」が「信濃」にかかる。
序詞
100番の「東人の荷前の箱の荷の緒にも」が、心に「乗る」を導く。

解説

「禅師」は僧侶の称号であるが、ここでは俗人の名前や通称とみる説が有力である。久米禅師と石川郎女の五首は、弓を共通の比喩にして、誘う男と慎重な女の駆け引きを、問答の形で楽しく描いている。

最後の100番は、東国から朝廷へ送られる貢ぎ物の箱に、紐でしっかり結びつけられた荷物のイメージを用いている。日常の具体的な物を恋の比喩に用いるのは、万葉集の恋の歌の大きな特徴である。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、51頁(コマ29)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、46頁(コマ29)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日