万葉集 巻第一 84番
秋さらば
秋になったら、今見ているとおりに、妻を恋い慕って鹿が鳴くであろう山だよ、この高野原の上は。巻第一の最後を飾る、長皇子の宴の歌。

題詞寧樂宮 長皇子、志貴皇子と佐紀宮にて倶に宴せる歌
現代語訳
秋になったら、今見ているとおりに、妻を恋い慕って鹿が鳴くであろう山だよ、この高野原の上は。
意訳
兄弟の皇子が佐紀の宮で宴を開いた。目の前には高野原の山が広がっている。秋になれば、そこで鹿が妻を恋うて鳴くだろう。「今も見る如」と、いまその光景が目に浮かぶように詠んで、宴の場の景色と主人の邸をたたえている。平城京の新しい時代の、皇族たちの優雅な宴の様子が伝わってくる一首で、巻第一はこの歌で終わる。
語釈・文法注
- 高野原(たかのはら)
- 平城京の北、佐紀のあたりの丘陵。
文法・本文
- 秋さらば
- 「さる」は季節がやって来る。秋になったら。
- 鹿鳴かむ山ぞ
- 「む」は推量の連体形。鹿が鳴くであろう山だ。
- 左注
- 「右の一首は長皇子」とある。
和歌
- 作者
- 長皇子(?–715)
天武天皇の皇子。母は天智天皇の皇女の大江皇女。弓削皇子の同母の兄。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・84番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 平城京に都が移ってのち、長皇子が志貴皇子とともに佐紀宮(奈良市佐紀町あたり)で宴を開いたときの歌。
修辞
- 倒置・体言止め
- 「鹿鳴かむ山ぞ 高野原の上」と、場所を最後に置いて結ぶ。
解説
巻第一は、雄略天皇の歌から始まり、天皇の代ごとに歌を並べて、この平城京での宴の歌で終わる。題詞の前には「寧樂宮」という見出しが置かれ、奈良の都の時代が始まったことを示している。
長皇子と志貴皇子は、ともに優れた歌人であった。秋の鹿の鳴き声を思い描きながら、宴の主人の住まいと景色をたたえるこの歌は、のびやかで落ち着いた調べをもち、新しい都の安定した時代の空気を感じさせる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、36頁(コマ22)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、30頁(コマ21)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日