古典ライブラリー

万葉集 巻第一 81〜83番

山の邊の

長田王(ながたのおおきみ)

山の辺の御井を見がてら来たら、神風の伊勢の乙女たちに出会えた。伊勢の斎宮へ使いした長田王の三首。

伊勢の清らかな泉のほとりで、水を汲む娘たちと出会う使者の長田王
伊勢の清らかな泉のほとりで、水を汲む娘たちと出会う使者の長田王

題詞和銅五年壬子夏四月、長田王を伊勢齋宮に遣しし時、山邊の御井にて作れる歌

  1. 1山やま山やまやまののの邊へ邊へへののの山邊乃81
  2. 2御み御みみ井ゐ井ゐいををを見み見みみ御井乎見我氐利
  3. 3神かむ神かむかむののの神風乃
  4. 4伊勢いせ伊勢いせいせ處を處をお女とめ女とめとめどもどもども伊勢處女等
  5. 5相あひ相あひあい見み見みみつるつるつるかもかもかも相見鶴鴨
  6. 6うらうらうら浦佐夫流82
  7. 7情こころ情こころこころ情佐麻禰之
  8. 8ひさかたひさかたひさかたののの久堅乃
  9. 9天あめ天あめあめののの時雨しぐれ時雨しぐれしぐれののの天之四具禮能
  10. 10流なが流ながながらふらふらう見み見みみれれればばば流相見者
  11. 11海わた海わたわたののの海底83
  12. 12奥おき奥おきおきつつつ白しら白しらしら浪なみ浪なみなみ奧津白浪
  13. 13山やま山やまやま立田山
  14. 14いついついつかかか越こ越ここえええなむなむなん何時鹿越奈武
  15. 15妹いも妹いもいもがががあたりあたりあたり見み見みみむむん妹之當見武

引用の仕方

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現代語訳

〔81〕山の辺の御井を見るついでに、(神風の)伊勢の乙女たちに出会うことができたなあ。

〔82〕心寂しい思いがしきりにわいてくる。(ひさかたの)空から時雨が降り続くのを見ていると。

〔83〕(海の底沖つ白浪)立田山をいつ越えるのだろうか。早く越えて妻の家のあたりを見たい。

意訳

伊勢の斎宮へ使いした長田王の旅の歌である。一首目は、清らかな山の辺の泉を訪ねて、思いがけず伊勢の乙女たちに出会った喜びを歌う。二首目は、降り続く時雨を見て旅の寂しさがつのる心を、三首目は、大和への入り口の立田山を早く越えて、妻の住むあたりを見たいと願う心を歌う。旅の喜び、寂しさ、帰郷の願いと、三首で旅の心の移り変わりを描いている。

語釈・文法注

見がてり
見るついでに。
神風(かむかぜ)の
「伊勢」にかかる枕詞。
うらさぶる
心がさびしい、すさむ。
さまねし
数が多い、しきりである。
海(わた)の底
「海の底奥つ白浪」が、同じ音の「立つ」から「立田山」を導く序詞。
立田山(たつたやま)
大和と河内の境の山。今の奈良県三郷町あたり。

文法・本文

情さまねし(本文)
底本は、原文を『万葉代匠記』によって「情佐麻禰之」と訓む。
いつか越えなむ
「な」は完了「ぬ」の未然形、「む」は推量。いつ越えることができるだろうか。
左注
「右の二首(82・83)は、今案ずるに、御井にして作る所に似ず。もし疑ふらくは、当時誦せし古歌か」とある。

和歌

作者
長田王(?–737)
奈良時代前期の王族。和銅5年(712)に伊勢の斎宮に遣わされた。のち衛門督・刑部卿などを務めた。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・81〜83番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
和銅5年(712)4月、長田王が伊勢の斎宮に遣わされたとき、山辺の御井(三重県鈴鹿市、または津市あたり)で詠んだ歌。82・83番は、左注によれば、そのとき口ずさんだ古歌かという。

修辞

枕詞
「神風の」が「伊勢」に、「ひさかたの」が「天」にかかる。
序詞
「海の底奥つ白浪」が「立田山」を導く。

解説

斎宮は、伊勢神宮に仕える未婚の皇女の住まいである。長田王はその斎宮に使いとして遣わされ、旅の途中で泉の名所「山辺の御井」を訪ねた。一首目は、その旅先での出会いの喜びを、明るく素直に歌っている。

左注によれば、二首目と三首目は御井で作った歌らしくなく、当時口ずさまれていた古歌ではないかという。旅の宴などで、その場にふさわしい古歌を歌うこともあったのであろう。三首目の「海の底奥つ白浪立田山」という序詞は、波の「立つ」から山の名へ続けるもので、後の時代にも好まれた。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、35頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、29頁(コマ20)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日