古典ライブラリー

万葉集 巻第一 76〜77番

丈夫の 鞆の音すなり

元明天皇・御名部皇女(げんめいてんのう・みなべのひめみこ)

武人たちの鞆の音が聞こえる。物部の大臣が楯を立てているらしい。即位したばかりの元明天皇の不安と、それを励ます姉の御名部皇女の唱和。

宮の庭に楯を並べる武人たちを見下ろす元明天皇と、そばで励ます姉の御名部皇女
宮の庭に楯を並べる武人たちを見下ろす元明天皇と、そばで励ます姉の御名部皇女

題詞和銅元年戊申、天皇の御製の歌/御名部皇女の和へ奉れる御歌

  1. 1丈夫ますらを丈夫ますらをますらおののの大夫之76(元明天皇)
  2. 2ののの音おと音おとおとすなりすなりすなり鞆乃音爲奈利
  3. 3もののふもののふもののふののの物部乃
  4. 4大おほ大おほおお大臣
  5. 5楯たて楯たてたて立た立たたつつつらしらしらしももも楯立良思母
  6. 6吾わご吾わごわご大王おほきみ大王おほきみおおきみ吾大王77(御名部皇女)
  7. 7ものものものななな思おも思おもおもほしほしおし物莫御念
  8. 8皇すめ皇すめすめののの須賣神乃
  9. 9嗣つ嗣つつぎぎぎててて賜たま賜たまたまへへえるるる嗣而賜流
  10. 10吾われ吾われわれ無な無ななけけけなくなくなくににに吾莫勿久爾

引用の仕方

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現代語訳

〔76〕勇ましい武人たちの鞆の音が聞こえる。物部の大臣が楯を立てているらしい。

〔77〕わが大君よ、ご心配なさいますな。皇祖の神がお授けになった私が、いないわけではありませんのに。

意訳

和銅元年(708)、即位したばかりの元明天皇は、大嘗祭などの儀式のために武人たちが楯を立てる音を聞き、どこか不安を覚える。息子の文武天皇を亡くし、幼い孫のために中継ぎとして即位した女帝の心細さがにじむ。それに対し姉の御名部皇女は、「ご心配なさいますな、神が授けてくださった私がおそばにいます」と励ます。姉妹の情愛がこもった唱和である。

語釈・文法注

鞆(とも)
弓を射るとき左の手首につける革の道具。弦が当たって音を立てる。
大臣(おほまへつぎみ)
天皇の前に仕える最高位の臣。ここでは物部氏の石上麻呂を指すとされる。
皇神(すめかみ)
皇室の祖先の神。

文法・本文

ものな思ほし
「な」は禁止。「思ほす」は「思ふ」の尊敬語。ご心配なさいますな。
吾無けなくに
「無けなく」は「無し」を打ち消した形。私がいないわけではないのに。

和歌

作者
元明天皇・御名部皇女(7世紀後半〜8世紀初め)
76番は元明天皇(阿閉皇女)の御製。天智天皇の皇女で草壁皇子の妃、文武天皇の母。707年に即位した。77番は元明天皇の同母の姉、御名部皇女の作。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・76〜77番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
和銅元年(708)、元明天皇が即位した年の歌。大嘗祭の儀式で武人が楯を立てる様子を詠んだ天皇の御製(76)に、姉の御名部皇女が和えた(77)。

修辞

枕詞
「もののふの」が「大臣」にかかる。

解説

元明天皇は、慶雲4年(707)に息子の文武天皇が25歳で亡くなったため、幼い孫の首皇子(のちの聖武天皇)が成長するまでの中継ぎとして即位した。女性が天皇の位を継ぐことに、不安や反対もあったと考えられる。

武人たちの鞆の音や楯を立てる音は、即位の儀式の厳かさを示すものだが、天皇の耳には不穏な響きにも聞こえたのかもしれない。それを姉が「私がいます」と励ます77番の歌には、肉親ならではの温かい心づかいが表れている。

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出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、34頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、28頁(コマ20)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日