万葉集 巻第一 75番
宇治間山
宇治間山の朝風が寒い。旅の身で、衣を貸してくれる妻もいないのに。吉野行幸に従った長屋王の歌。

題詞(大行天皇、吉野宮に幸せる時の歌)
現代語訳
宇治間山の朝風が寒い。旅の身であって、衣を貸してくれるはずの妻もいないのに。
意訳
吉野へ向かう途中、宇治間山を越える朝は風が冷たい。家にいれば、寒い朝には妻が衣を重ねてくれるだろう。けれども旅の身には、衣を貸してくれる人もいない。寒さから妻を思う、旅の歌の典型的な発想を、簡潔な言葉で表している。
語釈・文法注
- 宇治間山(うぢまやま)
- 吉野へ向かう道にある山。今の奈良県吉野町千股あたりとされる。
文法・本文
- あらなくに
- 「なく」は打消「ず」のク語法、「に」は逆接・詠嘆。いないのになあ。
和歌
- 作者
- 長屋王(684–729)
天武天皇の孫で、高市皇子の子。のちに左大臣となって政治の中心に立ったが、神亀6年(729)、藤原氏の策謀により謀反の疑いをかけられて自害した(長屋王の変)。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・75番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 文武天皇の吉野行幸に従った長屋王の歌。
解説
長屋王は、のちに左大臣として政権の中心に立ち、平城京の邸宅跡からは膨大な木簡が出土したことで知られる。しかし神亀6年(729)、謀反の疑いをかけられて自害に追い込まれた。この歌は、その長屋王の若いころの作である。
寒い旅の朝に、衣を貸してくれる妻がいないことを嘆く歌は、旅の歌の一つの型になっている。素直で飾らない言葉に、旅の心細さがよく表れている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、34頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、27頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日