万葉集 巻第一 78番
飛ぶ鳥の
明日香の里をあとにして行ってしまったら、あなたのいるあたりは見えなくなってしまうだろうか。平城京への遷都の途中、ふり返って旧都を惜しむ元明天皇の歌。

題詞和銅三年庚戌春二月、藤原宮より寧樂宮に遷りませる時、御輿を長屋の原に停めて古郷を廻り望みて御作歌 一書にいふ、太上天皇の御製
現代語訳
(飛ぶ鳥の)明日香の里をあとにして行ってしまったら、あなたのいるあたりは見えなくなってしまうのだろうか。
意訳
和銅3年(710)、都は藤原京から奈良の平城京へ移された。その途中、天皇は輿を止めて、古い都のあった明日香の方をふり返る。「君」は、明日香の地に眠る夫の草壁皇子を指すとする説が有力である。遠ざかれば、もう夫の眠るあたりも見えなくなる。新しい時代へ踏み出す天皇の、過去への深い名残の思いが表れている。
語釈・文法注
- 飛ぶ鳥の
- 「明日香」にかかる枕詞。原文「飛鳥」。のちに「明日香」を「飛鳥」と書くようになったのは、この枕詞による。
文法・本文
- 置きて去なば
- 未然形+「ば」で仮定。あとにして行ってしまったら。
- 見えずかもあらむ
- 「かも」は疑問、「む」は推量。
- 廻り望みて(本文)
- 底本は、題詞の原文を類聚古集によって「廻望」とする。
- 一云
- 「一に云ふ、君があたりを見ずてかもあらむ」という異伝が注記されている。
和歌
- 作者
- 元明天皇(661–721)
天智天皇の皇女で、草壁皇子の妃。文武天皇・元正天皇の母。707年に即位し、710年に都を藤原京から平城京へ移した。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・78番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 和銅3年(710)2月、都を藤原京から平城京へ移すとき、元明天皇が長屋の原(奈良県天理市あたり)で輿を止め、旧都をふり返って詠んだ歌。題詞の注には、太上天皇(持統天皇)の御製とする一書の伝えも記す。
修辞
- 枕詞
- 「飛ぶ鳥の」が「明日香」にかかる。
解説
平城京遷都は、律令国家の新しい都の建設として、日本の歴史の大きな転換点となった。その遷都を行った元明天皇自身が、旧都をふり返って名残を惜しむこの歌は、時代の変わり目に立つ人の心を伝えている。
「飛ぶ鳥の」は「明日香」にかかる枕詞で、のちにこの枕詞の字をとって「明日香」を「飛鳥」と書くようになった。「飛鳥」を「あすか」と読むのは、この枕詞に由来するのである。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、34頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、28頁(コマ20)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日