万葉集 巻第一 73番
吾妹子を はや見濱風
妻に早く会いたいと思わせる浜風よ、大和で私を待つ松や椿を吹き散らすことのないように。難波の浜風に大和の妻を思う長皇子の歌。

題詞長皇子の御歌
現代語訳
いとしい妻を早く見たいと思わせる、この「はや見」の浜風よ。大和で私を待っている松や椿を、決して吹かずにいてくれ。
意訳
難波の浜に吹く風に、「早く妻を見たい」という意を響かせた「はや見浜風」という言葉で呼びかける。大和の家の庭には、自分を「待つ」松と、椿がある。そこには妻が待っている。浜風よ、その松や椿を吹き散らさないでくれ、と頼むことで、妻の無事を願い、早く帰りたい気持ちを表している。
語釈・文法注
- はや見濱風
- 「早く見たい」の意をこめた浜風。地名「早見浜」とする説もある。
- 吾松椿(わまつつばき)
- 私を待つ松と椿。「松」に「待つ」を掛ける。
- ゆめ
- 決して、くれぐれも。
文法・本文
- 吹かざるなゆめ
- 「吹かざる」は打消の連体形。「な」は禁止。決して吹かないでいてくれ。
和歌
- 作者
- 長皇子(?–715)
天武天皇の皇子。母は天智天皇の皇女の大江皇女。弓削皇子の同母の兄。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・73番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 文武天皇の難波行幸のときに、長皇子が詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「松」に「待つ」を掛ける。
- 擬人
- 浜風に呼びかけて頼む。
解説
「はや見浜風」「吾松椿」と、言葉に二重の意味をもたせる工夫が重ねられた歌である。風が大和まで吹いていって、家の庭の松や椿を散らすことを心配するという、遠く離れた場所を一つにつなぐ想像力が面白い。
長皇子の歌は、60番・65番にも見られるように、言葉の響きや連想を楽しむ機知に富んでいる。旅先から妻を思う気持ちを、軽やかな言葉遊びの中に包みこんだ一首である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、34頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、27頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日