古典ライブラリー

万葉集 巻第一 72番

玉藻苅る

藤原宇合(ふじわらのうまかい)

玉藻を刈る沖の方へは漕いで行くまい。共寝した枕のあたりが忘れられないので。難波行幸に従った藤原宇合の歌。

難波の入り江の小舟で、岸辺の宿を振り返る若い藤原宇合
難波の入り江の小舟で、岸辺の宿を振り返る若い藤原宇合

題詞(大行天皇、難波宮に幸せる時の歌)

  1. 1玉たま玉たまたま藻も藻もも苅か苅かかるるる玉藻苅
  2. 2奥おき奥おきおきははは榜こ榜ここがががじじじ奧敝波不榜
  3. 3敷しき敷しきしき妙たへ妙たへたえののの敷妙之
  4. 4枕まくら枕まくらまくらののの邊あたり邊あたりあたり枕之邊
  5. 5忘わす忘わすわすれれれかねかねかねつつつももも忘可禰津藻

引用の仕方

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現代語訳

玉藻を刈る沖の方へは漕いで行くまい。(敷妙の)共寝した枕のあたりが忘れられないので。

意訳

旅先の難波で一夜を過ごした宿が、なぜか忘れられない。沖へ漕ぎ出せば、その宿から遠ざかってしまう。だから沖へは行くまい、と歌う。宿での恋の思い出をほのめかした、若々しい恋の歌とも、家の妻を思う歌とも読める。作者の藤原宇合は、このときまだ十代であったとみられる。

語釈・文法注

奥方(おきへ)
沖の方。

文法・本文

榜がじ
「じ」は打消の意志。漕ぐまい。
忘れかねつも
「かぬ」は…できない。忘れることができないことよ。

和歌

作者
藤原宇合(694–737)
藤原不比等の三男で、藤原式家の祖。遣唐副使として唐に渡り、のち式部卿・参議となった。漢詩文にもすぐれ、『懐風藻』に多くの詩を残す。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・72番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
慶雲3年(706)の文武天皇の難波行幸に従った藤原宇合の歌。左注によれば式部卿藤原宇合の作。

修辞

枕詞
「敷妙の」が「枕」にかかる。

解説

藤原宇合は、藤原不比等の子で、のちに式家の祖となった人物である。左注では最終官職の「式部卿」の名で記されているが、この歌を詠んだときはまだ若年であった。

「枕の邊忘れかねつも」は、旅先での恋の思い出とも、家に残した妻への思いとも解釈できる。藤原氏の貴公子の、のびやかな若さを感じさせる一首である。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、33頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、27頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日