万葉集 巻第一 65番
霰うつ
霰の打ちつける安良礼の松原は、住吉の弟日娘と同じように、いくら見ても見飽きない。難波行幸の折、住吉の美しい景色と娘とを並べてたたえる長皇子の歌。

題詞長皇子の御歌
現代語訳
霰の打ちつける安良礼の松原は、住吉の弟日娘と同じように、いくら見ても見飽きないことだ。
意訳
住吉の浜辺には「安良礼(あられ)」という名の松原があった。その名にちなんで「霰うつ」と歌い起こし、美しい松原の景色と、土地の娘である弟日娘とを並べて、どちらも見飽きないとたたえる。行幸の宴の席で、土地の景色と、もてなしをした娘の両方をほめた挨拶の歌と考えられる。
語釈・文法注
- 霰(あられ)うつ
- 「安良礼」にかかる枕詞。霰が打ちつける音から同じ音の地名に続ける。
- 安良禮(あられ)松原
- 住吉にあった松原。今の大阪市住之江区あたり。
- 住吉(すみのえ)
- 摂津国の地名。今の大阪市住吉区・住之江区あたり。
- 弟日娘(おとひをとめ)
- 住吉の娘の名とされる。遊行女婦(うかれめ)であったとする説もある。
文法・本文
- 弟日娘と
- 「と」は比較の基準を表す。弟日娘と同じように。
- 見れど飽かぬかも
- 見ても見飽きないことだ。宮廷の讃歌でよく用いられた結び。
和歌
- 作者
- 長皇子(?–715)
天武天皇の皇子。母は天智天皇の皇女の大江皇女。弓削皇子の同母の兄。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・65番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 慶雲3年(706)、文武天皇の難波宮行幸のときに、長皇子が住吉で詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 「霰うつ」が「安良禮」にかかる。
解説
難波行幸の際には、住吉の浜辺で宴が開かれたとみられる。この歌は、名高い松原の景色と、宴に侍った土地の女性とを並べてほめたたえる、宴席での挨拶の歌である。
「見れど飽かぬかも」は、人麻呂の吉野讃歌(36番)などにも見られる、土地をほめる歌の決まった結びである。風景と人とを同列に並べてたたえるところに、宴の場の華やかさと、長皇子の機知がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、32頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、26頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日