万葉集 巻第一 74番
み吉野の 山の下風の
吉野の山から吹きおろす風が寒いのに、もしかすると今夜もまた、私はひとりで寝るのだろうか。文武天皇の吉野行幸のときの歌。

題詞大行天皇、吉野宮に幸せる時の歌
現代語訳
吉野の山の嵐が寒いのに、もしかすると今夜もまた、私はひとりで寝るのだろうか。
意訳
吉野の山から吹きおろす冷たい風の音を聞きながら、今夜もひとりで寝なければならないのかと嘆く。旅の宿の寒さが、共寝する人のいない寂しさをいっそう強く感じさせる。天皇の作とする伝えもあり、若くして病がちであった文武天皇の孤独を読み取る見方もある。
語釈・文法注
- 山の下風(あらし)
- 山から吹きおろす激しい風。原文は「山下風」で、「あらし」と訓む。
- はたや
- もしかすると、ひょっとして。
文法・本文
- 寒けくに
- 形容詞「寒し」のク語法「寒けく」に「に」が付いた形。寒いのに。
- 原文「爲當也」
- 「はたや」を「爲當也」と書く。
和歌
- 作者
- 作者未詳(文武天皇か)(8世紀初め)
左注に「右の一首、或は云ふ、天皇の御製の歌」とあり、文武天皇の作とする伝えがある。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・74番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大行天皇(文武天皇)が吉野宮に行幸したときの歌。左注には天皇の御製とする伝えも記されている。
解説
原文で「あらし」を「山下風」と書くのは、山から下りてくる風という意味を字で表した義訓である。「嵐」の字が「山」と「風」からできていることを思わせる、面白い表記である。
文武天皇は、15歳で即位し、25歳で亡くなった若い天皇であった。左注の伝えのとおり天皇の作とすれば、華やかな行幸の夜に、ひとり寝の寂しさを詠んだ若い天皇の素顔がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、34頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、27頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日