万葉集 巻第一 66番
大伴の 高師の濱の
大伴の高師の浜の松の根を枕にして寝るけれど、家のことがしのばれてならない。持統太上天皇の難波行幸に従った置始東人の旅の歌。

題詞太上天皇、難波宮に幸せる時の歌
現代語訳
大伴の高師の浜の松の根を枕にして寝るけれど、家のことがしのばれてならない。
意訳
行幸に従って高師の浜に宿り、松の根を枕に寝る。景色の美しい浜辺ではあるが、旅の寝床は落ち着かず、家のことばかりが思われる。旅先での野宿のつらさと、家族への思いを素直に歌った、旅の歌の典型である。
語釈・文法注
- 高師(たかし)の濱
- 和泉国の浜。今の大阪府高石市あたり。「大伴の」は難波一帯を大伴氏の地と呼んだことから。
文法・本文
- 枕きて寢れど
- 「枕く」は枕にする。已然形+「ど」で逆接。
- 家し偲ばゆ
- 「し」は強意、「ゆ」は自発。家が自然としのばれる。
和歌
- 作者
- 置始東人(7世紀末〜8世紀初め)
持統・文武天皇の時代の官人。弓削皇子の死を悼む挽歌なども残す。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・66番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 持統太上天皇(または文武天皇の時代の太上天皇)が難波宮に行幸したときの歌。左注によれば置始東人の作。
解説
難波行幸の歌は66番から69番までの四首がまとめて載せられており、いずれも旅の思いや土地の景物を詠んでいる。この歌は、松の根を枕に寝るという旅の野宿の情景を通して、家への思いを率直に表している。
「家し偲ばゆ」という結びは、旅の歌に多い表現で、旅先でふと家族を思う気持ちを自然な言葉で伝えている。高師の浜は白砂青松の名所で、のちに百人一首の「音に聞く高師の浜のあだ波は」にも詠まれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、33頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、26頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日