古典ライブラリー

万葉集 巻第一 57番

引馬野に

長意吉麻呂(ながのおきまろ)

引馬野に色づく榛の林に分け入って、衣を染めなさい、旅の記念に。持統太上天皇の三河行幸のときの長意吉麻呂の歌。

秋の引馬野の榛の林で、染められた衣の色を確かめる旅人たち
秋の引馬野の榛の林で、染められた衣の色を確かめる旅人たち

題詞二年壬寅、太上天皇參河國に幸せる時の歌

  1. 1野ぬ野ぬぬににに引馬野爾
  2. 2にほふにほふにおう榛はり榛はりはり仁保布榛原
  3. 3入い入いいりりり亂みだ亂みだみだりりり入亂
  4. 4衣ころも衣ころもころも衣爾保波勢
  5. 5旅たび旅たびたびのののしるししるししるしににに多鼻能知師爾

引用の仕方

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現代語訳

引馬野に美しく色づいている榛の林に、入り乱れて分け入り、衣を染めなさい、旅の記念に。

意訳

秋の引馬野には、榛の木が色づいて美しく映えている。榛の木は衣を染める染料になる。旅の記念に、みなで林に分け入って衣を榛の色に染めよう、と呼びかける。行幸に従う人々が、旅の楽しさを分かち合う明るい歌である。

語釈・文法注

引馬野(ひくまの)
三河国の野。今の愛知県豊川市御津町あたりとする説、静岡県浜松市とする説がある。
榛原(はりはら)
榛(はり)の木の林。榛はハンノキで、実や樹皮で衣を染めた。萩とする説もある。
にほはせ
色を染めつけなさい。「にほふ」は色が美しく映える意。

文法・本文

入り亂り
大勢が入り乱れて分け入って。

和歌

作者
長意吉麻呂(7世紀後半〜8世紀初め)
長忌寸意吉麻呂(奥麻呂)。持統・文武天皇の時代の歌人。宴席で即興の歌や、物の名を詠みこむ機知に富んだ歌を多く詠んだ。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・57番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
大宝2年(702)10月、持統太上天皇が三河国に行幸したときの歌。左注によれば長忌寸奥麻呂の作。持統太上天皇はこの年の12月に亡くなっている。

解説

大宝2年の三河行幸は、持統太上天皇の最後の旅となった。天皇はこの旅から戻った直後の12月に亡くなっている。この時の歌が57番から61番まで載せられている。

衣を草木の色で染めて旅の記念にするという発想は、当時の旅の風習を伝えている。作者の長意吉麻呂は、宴席での即興の歌を得意とした歌人で、この歌にも行幸の一行を楽しませる明るさがある。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、31頁(コマ19)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、24頁(コマ18)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日