古典ライブラリー

万葉集 巻第一 17〜18番

味酒 三輪の山

額田王(ぬかたのおおきみ)

近江への遷都の旅で、ふり返り見る三輪山を雲が隠してしまう。せめて雲にも情けがあってほしい。住み慣れた大和を去る惜別の情を歌う長歌と反歌。

近江へ向かう旅の途中で振り返り、雲に隠れゆく三輪山を惜しむ額田王と旅の一行
近江へ向かう旅の途中で振り返り、雲に隠れゆく三輪山を惜しむ額田王と旅の一行

題詞額田王近江國に下りし時、作れる歌、井戸王すなはち和ふる歌

  1. 1味うま味うまうま三輪みわ三輪みわみわののの山やま山やまやま味酒 三輪乃山長歌
  2. 2奈良なら奈良ならならののの山やま山やまやまののの靑丹吉 奈良能山乃
  3. 3山やま山やまやまののの際ま際ままにににいいい隱かく隱かくかくるるるまでまでまで山際 伊隱萬代
  4. 4道みち道みちみちのののいいい積つも積つもつもるるるまでまでまでににに道隈 伊積流萬代爾
  5. 5にににももも見み見みみつつつつつつ行ゆ行ゆゆかかかむむんををを委曲毛 見管行武雄
  6. 6しばしばしばしばしばしばももも見み見みみ放さ放ささむむん山やま山やまやまををを數數毛 見放武八萬雄
  7. 7情こころ情こころこころなくなくなく雲くも雲くもくもののの隱かく隱かくかくさささふふふべしべしべしややや情無 雲乃 隱障倍之也
  8. 8三輪みわ三輪みわみわ山やま山やまやまををを三輪山乎反歌
  9. 9しかしかしかももも隱かく隱かくかくすすすかかか然毛隱賀
  10. 10雲くも雲くもくもだにだにだにももも雲谷裳
  11. 11情こころ情こころこころあらあらあらなむなむなむ情有南畝
  12. 12隱かく隱かくかくさささふふふべしべしべしややや可苦佐布倍思哉

引用の仕方

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現代語訳

(味酒)三輪の山よ。(あをによし)奈良の山の山あいに隠れるまで、道の曲がり角がいくつも重なるまで、よくよく見ながら行こうと思うのに、何度もふり返って見たい山なのに、無情にも雲が隠してよいものだろうか。

〔反歌〕三輪山を、そのように隠すのか。せめて雲だけでも情けがあってほしい。隠してよいものだろうか。

意訳

天智天皇6年(667)、都は飛鳥から近江の大津へ移された。大和を離れる一行は、奈良山を越えながら何度も三輪山をふり返る。三輪山は大和の人々があがめた神の山で、故郷そのものの象徴であった。その山を雲が隠してしまうことに、「雲よ、情けがあるなら隠さないでくれ」と訴える。遷都への不安や、住み慣れた土地への名残惜しさが、山を隠す雲への恨みとして表されている。

語釈・文法注

味酒(うまさけ)
「三輪」にかかる枕詞。神に供える酒を「みわ」といったことから。
あをによし
「奈良」にかかる枕詞。
道の隈(くま)
道の曲がり角。
つばらに
くわしく、十分に。
見放け
遠くを見やる。「見放く」の未然形。

文法・本文

隱さふべしや
「ふ」は継続の助動詞、「べしや」は反語。隠し続けてよいものか、いやよくない。
情あらなむ
「なむ」は他にあつらえ望む終助詞。情けがあってほしい。
左注
山上憶良の『類聚歌林』を引いて、都を近江に遷したときに天皇が三輪山をご覧になって詠んだ御歌であるとし、『日本書紀』の天智天皇6年(667)3月の遷都の記事を記す。

和歌

作者
額田王(生没年未詳(7世紀後半))
鏡王の娘とされる。はじめ大海人皇子(のちの天武天皇)に仕えて十市皇女を産み、のち天智天皇の宮廷で活躍した。第1期を代表する歌人。左注には、天智天皇の御歌とする伝えも記されている。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・17〜18番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第1期(629〜672年(舒明天皇の即位〜壬申の乱))
状況
天智天皇6年(667)、都を飛鳥から近江大津宮へ遷したとき、額田王が近江へ下る途中で詠んだ長歌と反歌。

修辞

枕詞
「味酒」が「三輪」に、「あをによし」が「奈良」にかかる。
擬人
雲に「情なく」「情あらなむ」と人の心を認めて呼びかける。
反復
長歌と反歌の結びに「隱さふべしや」をくり返し、訴えを強める。

解説

三輪山は奈良盆地の東南にそびえる神の山で、山そのものが大物主神のご神体としてあがめられてきた。飛鳥から近江へ向かう道は奈良山を越えるため、三輪山は旅人の背後にどんどん遠ざかっていく。その山を最後まで見ていたいという思いが、雲への恨みとなって表れている。

近江遷都は、白村江の戦いで敗れた後の国際情勢の中で行われたとされるが、多くの人々の反対があったと『日本書紀』は伝える。この歌に表れた大和への強い愛着は、遷都に従う人々の複雑な心境を映しているとも読める。左注は天智天皇の御歌とする伝えも記しており、額田王が天皇の心を代弁して詠んだとみる説もある。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、22頁(コマ15)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、14頁(コマ13)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日